raimund

新・今でもしぶとく聴いてます

H.W.ヘンツェ

10 12月

ヘンツェ交響曲第1番・LP ヘンツェ、ベルリンPO/1965年

191209ヘンツェ 交響曲 第1番(1947年/室内管弦楽団のための新版1963年)

ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1965年6月 ベルリン,UFA-Tonstudio 録音 DG)

 12月も一週間あまりが過ぎたので寒くなったのは当たり前だと思いながら、去年の今頃、ある土曜日に東寺(教王護国寺)のまわりを歩いていた時は風がもっと冷たかったのを思いだし、今のところ関西は暖冬傾向かと思っていました。今朝の朝刊一面に改憲を目指すという記事が出ていました。権力を行使する側が改憲に執着するのはちょっとあれだと思いながら、憲法が国家権力を縛るという考え方は古い、とか王政の頃の話だとか一部で言われていたことを思い出します。封建領主の時代だったらよと共に花見の宴をしようぞ、来い、と郷里の下々を招くことも別段不思議ではなかったことでしょう。

 ヘンツェ(Hans Werner Henze, 1926年7月1日 - 2012年10月27日)はどういう作風だったか、滅多に聴いたことがない(ラジオでは聴いていたかもしれないが名前くらいしか覚えていない)のでよく分かりません。このブログでは主役であるオットー=クレンペラー絡みでは、クレンペラーが第二次大戦後に聴いていた現代音楽の作者の一人だったことが記憶に残っています。そヘンツェの十曲の交響曲をヤノフスキが録音していましたが、それ以外で全集はあったかどうかまだ確認できません。そんな中で作曲者自らがベルリン・フィルとロンドン交響楽団を指揮して第6番くらいまではセッション録音していました。第1-5番までがベルリン・フィルを指揮したもので、DGから二枚組のLPで発売されたものを先日入手しました。

Symphony No. 1
第1楽章 Allegretto, con grazia
第2楽章 Notturno: Lento
第3楽章 Allegro con moto

 作品がどうこうの前にゴツゴツとした低音の響き、感触が際立っていて、ドイツ系の作品といえば連想する要素の一つ(根拠無い先入観)だと思いつつ、先日のコンヴィチュニーのベートーヴェン以上にドイツが前面に出ているかもしれないと思いました。同じ作品でもヤノフスキとベルリンRSOの研磨されたような響きとはかなり違い、作曲者自演のこのLPは掘り出された原石の姿がまだ残っているといった感じです。そのためか、第二次大戦後間もない1947年に作曲された交響曲第1番がもう少し古い作品のような気がしました。

 ヘンツェが二十歳の年に作曲した交響曲第1番は、後にピアノ、チェレスタ等を加えた1963年版に改作していて、この録音でもそちらを演奏しています(LPのジャケットにも表記があるし、ピアノがよく目立つからそうだと)。その後1991年にもさらに改変されているようですが、ヤノフスキのCDはそちらの方かもしれずCDを取り出して確かめようと思います。目下どこに置いたか思い出せずにいます。
28 5月

H.W.ヘンツェのシンフォニア第8番 ヤノフスキ、ベルリンRSO

180528aハンス・ヴェルナー・ヘンツェ シンフォニア 第8番(Sinfonia N.8  für großes Orchester)

マレク・ヤノフスキ 指揮
ベルリン放送交響楽団

(2007年2月7-9日 ベルリン-ダーレム,イエス・キリスト教会 録音 Wergo)

  ヤノフスキ、ベルリン放送交響楽団のヘンツェ交響曲全集は当初は一枚ずつ出ていたところ、最後にBOX化されて日本語解説まで付いて再発売されたようです。最近は分売で全部発売する前に残った曲を含めてBOX化する傾向が最近ちらほら出ています(ブルックナーとか)。そのことを思えばまだ良心的?な販売ながら、最初から分売時に日本語解説を付けて欲しかったと思いました。どの程度の日本語文章が添付されているのか分かりませんが、それが後から付いて来るとは予想外、判断ミスでした(総統閣下シリーズ的に言えば、~ 足らんかったー、ちくしょうめえ)。

Sinfonia N.8 
 für großes Orchester
第1楽章. allegro(7分41)
第2楽章. allegramente(9分46)
第3楽章. adagio (8分08)

180528b 大オーケストラのためのシンフォニア第8番(交響曲第8番と表記されるものもあった)は、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ(Hans Werner Henze 1926年7月1日 - 2012年10月27日)が67歳になる年、1
993年に完成した作品でした。ボストン交響楽団の委嘱により作曲され、1993年に小澤征爾指揮の同オーケストラによって初演されました。全曲を聴いた印象はショスタコーヴィチとマーラーをミックスして薄めたような感じですが、作品評にある「軽やかな拍子と豊かなメロディ」という点はどうもピンと来ません。それでも尖って難解な前衛作品でもないものでした。HMVのサイトには全集化に際してCDの説明だけでなくヘンツェの生涯と思想についても詳しい文章を載せています。このシンフォニア第8番の頃の彼は、既に左翼活動が沈静化して平和主義的な思想に落ち着いて?いる頃のようですが、どのようなメッセージを発しようとしたのか(下記のヘンツェ自身の言葉に従うと交響曲を作曲するのには何らかのメッセージがある)と思ってもすぐには分かりません。

 クレンペラーは戦後よく聴いた現代作品としてこのヘンツェを挙げていたようで、自身が作曲するものとまだ連続するものを読み取っていたかもしれません。ヘンツェ自身はこの作品について次のように述べていました(CDの広告より)。「私は交響曲を書くことをやめられない。私はここで、個人的なものを越えたメッセージのために特別に作られた音楽を多数の聴衆にむけて発信する権利がある。誰も私からこの権利を奪うことはできない、現代の文化的哲学がこの形式がもはや形骸化したと宣告しても---そしておそらくはそう宣告されている」。実際、二十世紀末になって交響曲の新作はどれくらい作られたのか(佐村河内作品くらいか?)。

 ハンス・ヴェルナー・ヘンツェは前教皇のベネディクト16世(Benedictus PP. XVI / Joseph Alois Ratzinger 1927年4月16日)とほぼ同年代でした。二人とも所謂ヒトラー・ユーゲントに加入させられていました。彼らよりも十歳程年長だったハインリヒ・ベルは自らの意志でヒトラー・ユーゲントに加わらずに通していました(召集され従軍はした)。ヘンツェの戦後の変遷をちらっとながめると平和と同じくらい「自由」の重み(自由を制限することの重みも)が浮かび上がって来る気がしました。
17 3月

ヘンツェ 交響曲第9番 ヤノフスキ、ベルリンRSO

150307ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ 交響曲第9番
(Hans Werner Henze:1926-2012)
~ハンス・ウルリヒ・トレイケル:作詞


マレク・ヤノフスキ 指揮
ベルリン放送交響楽団
ベルリン放送合唱団


(2008年11月 録音 WERGO)

 今週の土曜日にヤノフスキとベルリン放送SOが西宮で公演しますが結局まだチケットを買わずにいます。ブルックナーの第8番というメジャーなプログラムの割に先週はまだ空席がありました。ヤノフスキが地味なのかオーケストラの知名度のせいか、ヴァントの東京での三日公演が二時間で完売したことを思えばだいぶ開きがあります。とにかくまだ間に合うかもしれません。

150317a この作品は1996年から1997年にかけて作曲されて、1997年のベルリン芸術祭でインゴ・メッツマッハー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン放送合唱団によって初演されました。翌年の夏にはもう日本で初演されています。これだけ新しい作品なので「現代音楽」のジャンルに入るはずですが、作風はショスタコーヴィチやペンデレツキ等と似た部分もあって、割に親しみやすい方だと思います。交響曲第9番はユダヤ系ドイツ人のアンナ・ゼーガース(Anna Seghers, 1900年11月19日 - 1983年6月1日)の小説「七番目の十字架」に基づいてハンス・ウルリヒ・トライヒェルが書いたテキスト(小説の文章自体の引用は無い)を混声合唱が歌う、オーケストラと混声合唱のための作品です。その小説と下記の楽章毎のタイトルを見れば察しが付くように、ユダヤ系、収容所、独裁といった事柄が扱われている作品です。「七番目の十字架」はアンナ・セーガースが1933年以降にナチス政権を避けて亡命中に手掛けたもので(1942年発表)、1943年には英語版を題材にしてハリウッドで映画化されています。ゼーガースはユダヤ系であり共産党員でもあったので、自身もゲシュタポに身柄を拘束される危機に遭遇しました。

第1楽章:Die Flucht (脱走)
第2楽章:Bei den Toten (死と共に)
第3楽章:Bericht der Verfolger (迫害者の告白)
第4楽章:Der Platane spricht (平凡な木が語る)
第5楽章:Der Sturz (突入)
第6楽章:Nachts in Dom (大聖堂の夜)
第7楽章:Die Rettung (救済)

150317b 1939年ポーランドのワルシャワ生まれのヤノフスキはベルリン放送SOとヘンツェの交響曲を全曲録音していて、これがその三曲目でした。ユダヤ系の両親から生まれて亡命を余儀なくされたゼーガース、ヒトラー・ユーゲントに入っていたヘンツェ、彼女らよりはずっと若い世代のヤノフスキですが、彼も大戦と冷戦と無関係ではいられなかった世代なのでこの作品に関しても思うところは多々あるはずです。ただ、実際に聴いているとヤノフスキが指揮したワーグナーやブルックナーと違う演奏のスタイルと思えず、特別に激しい情熱をもって臨んでいる風でもないようです。このCDを聴いていると録音年代が接近する彼のブルックナー演奏のスタイルが際立ってくるようです。

 交響曲第9番はベートーベンの第九と同じく声楽付であり「救済」というタイトルで終わっていながら、ほとんど何の解決も勝利も見ないまま曖昧に、静かに終わっています。7人が強制収容所から逃げようとして失敗し、見せしめとして、収容所の7本の木を切り倒し十字架を作り、7人をはりつけにしようとする、という内容の小説がテーマであり、7本目の十字架に架かるはずだった一人が逃げたままという内容は、何となくまだその時代からの繋がりが途切れていない、終わっていないという印象です。何らかのことがら今も問われているようにも思われます。

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昭和40年代生まれ、オットー=クレンペラーの大フアンです。クレンペラーが録音を残したジャンルに加え、教会音楽、歌曲、オペラが好きなレパートリーです。

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