raimund

新・今でもしぶとく聴いてます

指:ヴァント

22 11月

ブラームス交響曲第4番 ヴァント、NDRSO/1985年

221122aブラームス 交響曲 第4番 ホ短調 op.98

ギュンター・ヴァント指揮
北ドイツ放送交響楽団

(1985年 ハンブルク,フリードリヒ・エーベルト・ハレ 録音 BMG)

221122b 先週には最低気温が10度以下の日があり、年寄り向けに燃焼時間が長い(灯油タンク容量が大きい)のを1台追加しました。脱炭素、エスディージーズが頭にチラつきながら結局石油ストーブが一番手軽に暖かいので簡単に手をきれません。それにしても福島第一原発の事故直後、もう原発は無しという選択肢がクローズアップされましたが今年のウクライナ侵攻以降、脱原発のドイツでも風向きがあやしくなってきました。核の廃棄物の処理について技術的に解決していないのに、SDGsの観点から原子力発電が望ましいと言えるのか(ry。と疑問に思いながら灯油の臭いと共にブラームスをちょくちょく再生しています。今回はヴァントと北ドイツ放送交響楽団の交響曲第4番。

 ヴァントと北ドイツ放送交響楽団の最初に出たブラームス全集(ヴァントのブラームスはこの1985年前後の連続録音以降に何種か出て、知らない内に種類が増えている)は、EMIのマークが付いてドイツハルモニアムンディのCDが最初だったと思いますが、初めて聴いた時はあまり印象は良くなくて、久しぶりに聴いてみると悪くは無いと思いながらも流れる様に過ぎて行き、第4番、第1番なんかはもう少し遅く、重くやって欲しい気になりました。第4番は特に両端楽章でそう感じて、どこかで見たような言葉、「スポーツ的な」とは言わないまでも、スパイクの金具やアイゼンが凍った地面にささりながら進むような足取りとは程遠い感触です。そのかわり第2楽章は素晴らしく美しくて、古典派の時代の演奏会のように特定の楽章をアンコールするのが可能だったらぜひ第2楽章を直後に聴きたいくらいです。

 先日のドホナーニのブラームスを思い出しながら1980年代のブラームス演奏ならこれくらいのテンポ感かと思いつつ、少し後のホルスト・シュタインのトラクタイムをながめると結構違っていました。それはともかくとして、
ホルスト・シュタインのブラームス交響曲全集の日本版解説の中でシュタインのオーケストラに対する姿勢、演奏の姿勢が対照的だとして、ヴァントは「自分のイメージをしっかり持っていてオーケストラを引き込もうとする人」と評されていました。自分のイメージというのは各指揮者は持っているとして、「引込もうとする」というのが違いなのかもしれません。

ヴァントNDRSO/1985年
①11分52②10分48③6分25④09分35 計38分40
シュタイン・バンベルクSO/1997年
①13分31②11分53③6分46④11分17 計43分27

 
ヴァントの伝記にはハンブルクで指揮する際にはフルトヴェングラーを悪く言ってはだめだと忠告されたにもかかわらず、いざ指揮台に立ってリハーサルという段で「フルトヴェングラーがめちゃくちゃにしたベートーヴェン」という言い方をしたので、フルヴェンを尊敬する人が多かったので反感を買ったとヴァントの伝記に載っていました。曲げられない性分なのか、ちなみにヴァントが理想とするベートーヴェンはトスカニーニとクレンペラーだそうです。
10 10月

ブラームス交響曲第2番 ヴァント、NDRSO/1984年

221010aブラームス 交響曲 第2番 ニ長調 op.73

ギュンター・ヴァント指揮
北ドイツ放送交響楽団

(1983年3月 ハンブルク,フリードリヒ・エーベルト・ハレ 録音 BMG)

 鉄道開業150周年ということでFMの「×(かける)クラシック」でも鉄道ネタが普段よりも多くなっています。先日は久しぶりにテレビを20分以上みて、「のみ鉄」の中で現行の寝台列車「サンライズ瀬戸/出雲」が出てきました。しかし、電車より気動車、それらよりも機関車が客車を牽引する列車に萌えるので、もう走ってないと分かると余計に昔の寝台列車が慕わしくなってきました。奈良県には「桜井線」というローカルな路線があり、その中に天理駅があります。天理教の大祭の臨時列車、「天理臨」というのがあり、奈良線から桜井線まで普段は走っていない24系25型の寝台列車が、東北、北陸方面からも乗り入れて来ることがあったようです。寝台車は海外へ譲渡されているそうなので、現在の天理臨はどんな列車なのだろうと思います。

221010b 先月か八月のある朝、車の中でFM放送を聴いているとブラームスの第2交響曲が流れていました(途中から聴けた)。一瞬これはフルヴェンの演奏かと思ったけれど、すぐにいや違う、こんなに端正なことはないはずと思って最後まで聴いていました。するとベイヌムの指揮だと分かり、それ以上に作品に対して今まで以上に親近感が湧きまくり、これまで好きだった第4番、第3番に並ぶくらいになりました(あくまで自分の中でということで)。その後バルビローリ、ウィーン・フィルのSACDを何度か聴き出しながら、なかなか最後まで通して聴けずにいました。どうも遅、重くてラジオで聴いた際の感銘がよみがえってこない気がしていて、不意にヴァントと北ドイツ放送SOとの旧録音のことを思い出してさっそく聴きました。

ヴァント・NDRSO/1983年
①15分33②09分10③05分37④09分35計44分55
ジュリーニ・ウィーンPO/1991年
①18分00②12分20③06分02④11分05計47分27
バルビローリ・ウィーンPO
①15分35②10分24③05分41④09分59 計41分39
モントゥー・VPO/1959年
①20分28②09分20③05分06④09分00計43分54
クレンペラー・PO/1956年
①15分03②09分17③50分28④09分04計38分52
トスカニーニ・PO/1952年
①14分38②80分20③05分16④08分50計37分04

 ヴァントと北ドイツRSOのブラームスなら90年代録音の方が代表的という定評、扱いのようで、実際自分も最初にこれら1980年代の方を聴いた時はブルックナー程は感銘は受けずに、ストイック過ぎという印象でした(再録音があると分かってもスルーしていた)。しかし、かなり久しぶりに再生してみると清涼感あふれる響きに聴こえて、この作品らしい演奏、作品の魅力を増幅しているのではないかと思いました。ブラームスの第2番と言えばモノクロ映像でベームが指揮するコーダ部分が頭の中に現れて、断片的ながらその颯爽とした演奏がいつまでも記憶に残っています(多分ベームの1950年代くらいの演奏のはず)。そんな刷り込みのようなものがあるから、ブラームスの第2番はある程度流れるような感じが欲しいような気がしていました。

 上記のトラックタイムをながめていると、ヴァントの合計演奏時間はそれほど短くなくて、古いクレンペラーのEMI盤と近い時間になっています。バルビローリの方はリピートの影響があるのか、それほど長くなく、ヴァントより短い合計時間になっています。ヴァントのCDを出して来るまで聴いていたバルビローリ、ウィーン・フィルは、川の流れが遅い「トロ場」か淵のような感じだったので、聴いた印象と時間はどうも食い違います。
30 4月

シェーンベルク五つの管弦楽曲 ヴァント、ケルンGO

220430bシェーンベルク 管弦楽のための5つの小品 Op.16(1909年)
 ~10inchLP

ギュンター・ヴァント 指揮
ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

(1960年頃 録音/データ記載無し クラブ フランセ)

220430a 2022年、はやくも五月を迎えようとしています。連休初日に源氏物語ミュージアムに近い府道沿道お茶の店、伊藤久衛門の前を通ったら観光客が店外にあふれていました。三年ぶりの混み方ですがそれでもまだ少ない方でした。あの店、かつては公設市場で普段使いのお茶を売っている店という認識だったのがえらく様変わりしたものです。新茶の季節よりもこのブログでは「クレンペラー誕生月」の五月です。その前にクレンペラーと交流があったシェーンベルクの作品、クレンペラーが音楽総監督の称号を得たケルン、そこのケルン歌劇場の楽長だったクレンペラーともめたアーベントロートが仕切っていたギュルツェニヒ管弦楽団を引き継いだヴァントという取り合わせのLPがありました。ヴァントのレパートリーとしても珍しい作品ですがCD化もされたようです。

「5つの管弦楽曲」作品16
①「予感」、非常に速く。"Vorgefühle", Sehr rasch.
②「過去」、穏やかに。"Vergangenes", Mässig.
③「色彩」、穏やかに。"Farben", Mässig.
④「急転」、非常に速く。"Peripetie", Sehr rasch.
⑤「オブリガート・レチタティーヴォ」(助奏付きレチタティーヴォ)、激しく動いて。"Das obligate Rezitativ", Bewegen

 とにかく再生してみると、誇張するようなところのない演奏で、例えばケルンRSOとのブルックナー第5番のように鋭く威圧感さえ感じるタイプとは違い、端正に冷静に表現しています。と書いていながらこの作品の他の録音とかは全然記憶に無いのでなんとも言い難いものです。クレンペラーはウェーベルンが自作自演で管弦楽作品を指揮するのを聴いて、その激情的な内容に驚いた(唖然としてとても自分にはそういう風に指揮できないと)ようでしたが、このシェーンベルクもとにかく激しいものは感じられません。

 この作品は1909年に作曲された後、1922年に改定されて1949年には小管弦楽版も作られています。シェーンベルクは1908年に作曲した弦楽四重奏曲の終楽章で「無調」に到達したとされ、この「5つの管弦楽曲」は1912年の「月に憑かれたピエロ」以前ながら無調に踏み出しています(と言われてもああそうですか、くらいにしか)。

 
ヴァントはクレンペラーを尊敬していて特にベートーヴェン演奏については規範的にみていたようでした。しかしレパートリーとしては後年のブルックナー、ブラームス、ベートーヴェンが頭に浮かぶのでシェーンベルクをレコーディングしていたのは意外です。ヴァントがケルン放送交響楽団とブルックナーの交響曲を全曲録音する前の1960年代、この時期のレコーディングはベートーヴェンやハイドン、モーツァルト、シューベルト等がテスタメントからCD化されていました。それらと同じレーベルかよく分かりませんがバルトークやストラヴィンスキーの作品も録音していました。

5 12月

ベートーヴェン交響曲第2番 ヴァント・NDRSO/1988年

191205ベートーヴェン 交響曲 第2番 ニ長調 Op.36

ギュンター・ヴァント 指揮
北ドイツ放送交響楽団(現:NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)

(1988年10月10-15日 ハンブルク,フリードリヒ・エーベルト・ハレ 録音 RCA)

 この時期になるとベラベッカ(Berawecka)というアルザス地方の菓子が気になります。待降節から降誕節くらいの時期に食べるものだそうで、洋梨やらオレンジ等を洋酒(そらそうだ、日本酒のはずはない)に漬け込んだものやらを生地にまとめて焼いて、とか発酵菓子とか断片的に説明を見かけるものの正体、作り方はいまだに把握できません。作るわけじゃなく食べるだけだからそれでよく、中京区の菓子製造販売店で売り出すのを待っています。今年は既に二本も食べました(圧縮したような物なのでカロリーは低くないだろう)。

ヴァントNDRSO/1988年
①11分37②10分29③3分40④6分51 計32分37
アバドVPO/1987年
①12分28②11分26③3分31④6分25 計33分50
ケント・ナガノ/2014年
①12分09②10分24③3分36④6分27 計32分36
準・メルクル:リヨン国立/2007年
①12分33②12分40③3分36④6分24 計35分13
インマゼール/2006年
①12分25②10分49③3分41④6分12 計33分07
アントニーニ/2005年
①11分24②10分21③3分48④5分41 計31分14

 1980年代のベートーヴェンの交響曲といえばヨーロッパのオーケストラよりもアメリカのオーケストラの方がよく録音していたかもしれません。シカゴSOはショルティの二度目全集、フィラデルフィアはムーティ、クリーヴランドはドホナーニ。西側ヨーロッパの方はアバドの他にヴァントと北ドイツ放送交響楽団の全曲録音がありました。今回はその中から交響曲第2番ですが、これを最初に聴いたときは色々なものがそぎ落とされた簡潔すぎる響きのように思えて、ヴァントはブルックナーとシューベルトくらいは良いとしてベートーヴェンがちょっとなあと思ってしまいました。

 今回は改めて聴いていると第1楽章はある程度そういう印象ですが、後半の二つの楽章はテンポも急ぎ過ぎずによく隅々まで鳴る豊かな響きだと思いました。第2楽章もそうかと思いながら途中で交響曲第1番を聴いているような錯覚におちいり、昔聴いた時の感触もよみがえりました。結果的に第1番、第2番の似たところを意識することになりました。九曲中の奇数番号の作品と偶数番号の作品が内容的に分かれるような分類も見かけますが(最近はそんなことは言わないのか)、ヴァントの全集を聴いているとそんな分類はあまり意味が無い気がしてきます。今世紀に入ってからの新しいCDの演奏時間とあわせて並べて比べると、古楽器オケのインマゼールや古楽器奏法の影響を受け入れているケント・ナガノらと似ています。

 ヴァントはベートーヴェン演奏ではトスカニーニ、クレンペラーを理想としていたそうで、ハンブルクではフルトヴェングラーを悪く言わないようにとくぎを刺されたのにもかかわらず、ベートーヴェンを「フルトエングラーが無茶苦茶にした」という意味のことを言ってかなり反感を買ったそうでした。第三帝国時代、ポストに恵まれなくとも断じてナチ党員にならなかった頑固さ、硬骨漢ぶりの片りんがみてとれます。ただ、この全集での演奏自体はトスカニーニともクレンペラーともそれ程似ておらず既にヴァントのベートーヴェンというスタイルになっていそうです。
18 8月

ベートーヴェンの第九 ヴァント、ケルンGO/1955年

190818aベートーヴェン 交響曲 第9番ニ短調 Op.125

ギュンター・ヴァント 指揮 
ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
ケルン(歌劇場?)合唱団

テレサ・シュティッヒ=ランダル(S)
ローレ・フィッシャー(A)
フェルディナント・コッホ(T)
ルドルフ・ヴァツケ(B)

(1955年10月10日 ケルン 録音 Testament)

 盆の期間が終わりになりますが、そもそもカレンダー通り平日は普通に出勤しており、あまり休暇らしくなくて寝転んで野球中継を聴くくらいでした。それでもエアコンがきく部屋にオーディオの2ch機器だけを移動させることは出来て、やっと通常通り聴く環境になりました。元々置いてあった部屋は長細くて南の窓がだだっ広くて夜になっても暑くて、じっと座っているだけで大粒の汗がしたたり落ちました(昔は我慢できたのに)。それで配線や設置に間違いが無いか確認すべく、このヴァント指揮、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の第九のCDを改めて再生しました。酷暑のここ何週間かの間、発作的に第九を聴きたくなってこのCDも車中で聴いていました。

190818b ブルックナー指揮者として有名になったG.ヴァント(Günter Wand 1912年1月7日 - 2002年2月14日)
のベートーヴェンと言えば、1980年代半ば頃の北ドイツ放送交響楽団とのライヴ録音がありました。今回のものはそれよりもっと古く、ケルン放送交響楽団とのブルックナー全集に取り掛かるよりもさらに前の1950年代でした。ちょうどモントルーの音楽祭でクレンペラーがケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団に客演した1956年の1年前で、この時期にヴァントはベートーヴェンの他にもモーツァルトやシューベルトの作品を何曲も録音していました。TESTAMENTから一連の録音が出た際は、後年のヴァントのベートーヴェン演奏があまりにストイックというか、色々なものをそぎ落としたような響きだったので、若い頃はもっとそんな傾向が強いだろうと予想しました。

ヴァント・ケルン/1955年
①16分33②11分19③17分20④23分53 計69分05
ヴァント・NDRSO/1986年
①15分27②11分08③15分58④23分35 計66分08
カラヤン・PO/1955年
①15分08②10分08③16分04④24分10 計65分30
クレンペラー・PO/1957年EMI
①17分00②15分37③14分57④24分23 計71分57
クレンペラー・RCO/1956年ライブ
①16分24②14分48③13分56④22分48 計67分56

 実際に聴いていると意外に大らかで、レコードやCDで聴くことが出来る1950年代の第九から極端に違った個性という風ではないように聴こえます。音質自体が残響が大きくて、ややこもったように聴こえるので余計にヴァントの後年の演奏と違って聴こえます。同じ年のカラヤン、フィルハーモニアOのセッション録音の合計演奏時間と比べると3分半くらいも長くなっています。また、クレンペラーのライヴ盤の一つと比べても長い演奏時間になっています。

 ただ、聴いた印象は色々な部分が直線的で、深刻さと重厚さをあまり感じさせないものでした。その点ではヴァントより古い世代の指揮者と比べると、1970年代以降のベートーヴェン演奏、例えばショルティとシカゴSOの全集とか、に通じるようにも思えます。ヴァント本人はトスカニーニとクレンペラーのベートーヴェンを理想としていたそうなので、ケルン・ギュルツェニヒOの音楽監督時代(1946-1974年)にはクレンペラーの演奏も聴いていたはずです。クレンペラーの影響がヴァントの指揮からどれくらい実感できるかと思っていましたが、この第九を聴いていると微妙なところでした。
8 11月

ブルックナー交響曲第5番 ヴァント、NDRSO/1995年

181108ブルックナー 交響曲 第5番 変ロ長調 WAB105

ギュンター・ヴァント 指揮
北ドイツ放送交響楽団

(1995年10月8-10日 ハンブルク,ムジークハレ ライヴ録音 Profil)

 今朝の七時半過ぎだったか、外環三条の交差点で止まっていると三条通を西へ向かうワンボックス車に和菓子店の社名が入っていました。びわ湖ホールの公式スポンサー(第一号らしい)のK社は戦後に大津市で創業したそうで、ここ十年くらいはあちこちで目にします。納品にしてはちょっと早いと思いながら、大阪方面へ一般道で行くならこれくらいかと思いながら、京都市内の老舗が百貨店へ納品する場合軽自動車の場合が多いのでK社はけっこうまとめて運んでいるようでした(単に社用車の点検とかかもしれないが)。

 ヴェーヌスベルクを後にしてヴァルトブルク城へ戻ったタンホイザーのように、先月来はまっていたブラームスのぬかるみからようやく抜け出せて、先日ブルックナーの第5番を続けて全曲聴けました。「ヴァントが最もヴァントらしかった時期に、そのピークの一つをクリアに収めた稀有な記録」、このSACDの帯にそのように書かれてあり、推し方も色々あるものだと思いつつハイブリットじゃなくシングルレイヤーなのに購入していました。最初は通常のCDとして出たはずですが、その時はRCAから出ていたものとオーケストラが同じだったので見送っていました(しかしやっぱり気になる)。

 この録音は北ドイツ放送交響楽団の創立50年を記念した公演をライヴ収録したもので、オーケストラの本拠地のホールが会場です。NDRエルプ・フィルに改名する前のホールというわけで、リューベックや聖フロリアンといった残響が長い聖堂ではありません。

北ドイツ放送SO/1995年
①20分49②15分21③13分58④23分30 計73分45
北ドイツ放送SO/1989年 ~最短
①20分27②15分43③13分45④23分39 計73分34
北ドイツ放送SO/1998年・映像,リューベック
①21分29②15分49③14分16④27分23 計78分58
ベルリンPO/1996年 
①21分31②16分26③14分20④24分57 計77分14
ミュンヘンPO/1995年 
①20分49②15分34③13分59④24分12 計74分34
ベルリン・ドイツSO/1991年 
①21分31②15分47③14分12④24分10 計75分40
ケルン放送SO/1974年 
①20分10②15分49③14分13④24分08 計74分20

 帯に書いてある短文、1995年以降に録音されたベルリン・フィルとのCDや同じく北ドイツ放送交響楽団とのDVDの演奏時間を見ると、今回のものより4~5分程長くて、確かにヴァントがこの曲を公演で演奏し出して間もないケルン放送交響楽団とのセッション録音のような引き締まって研ぎ澄まされたような印象とは違ってきています。個人的には1989年の北ドイツRSOが一番好きですが、今回のものはそれと似ていると思いました。音質はちょっと微妙で(SACDの割には)、もっと音量を上げて再生したいところですが少し緩いような気もしました。

 なお、「名曲名盤500(レコ芸編)」の最新版ではヴァントとベルリンPOが第1位で、ヴァントのCDはそれ一種だけがリストに挙がっていました。第5番もこれだけCDの種類が増えてくると単純にBEST録音なんて集計できないものだと思いますがベルリン・フィルへの信頼度はさすがというところです。ブルックナーの交響曲の中でどれか一曲を選ぶとなると、個人的には第5番か第2番、それか第9番の三つで迷い、第6番をちら見するくらいで、第5番は年々愛着が増してきます。
11 10月

ブルックナー交響曲第7番 ヴァント、NDRSO/1999年8月22日

181011aブルックナー 交響曲第7番変ホ長調(ハース版)

ギュンター・ヴァント 指揮
北ドイツ放送交響楽団

(1999年8月28日 リューベック、コングレスハレ ライヴ収録 Arthaus Musik)

  いつ頃だったか「ブルガリアン・ボイス」、奇跡のコーラス等とCMにも使われてブルガリアの伝統音楽か何かの歌声が注目されたことがありました。今朝、禅宗の托鉢の一隊が「ホーイ(ときこえる)」という声を唱和しつつ巡回していて、いつになく若々しく共鳴するような響きだったのでちょっとそのブルガリアに似ているような気がしました。托鉢の声が響き渡ると民家の飼い犬が一斉に鳴き出したものですが今日に限っては全く犬の鳴声はきこえませんでした。それにしても素朴な疑問として、禅宗は今でも妻帯しないことを貫く僧侶が居るのか、親族等に一門の僧侶が居ない一般家庭からの入門、出家して住職になる人はどれくらい居るのだろうかと思います。永平寺かどこかは門を叩いて入って来る新参者には厳しくて、ぼこぼこに殴られるとか経験者の著作に載っていたとききました。冷やかし半分とか一時の気分で来る者をふるいにかけるためだとか。

181011 10月11日はブルックナー(Joseph Anton Bruckner 1824年9月4日 - 1896年10月11日)の命日だとtwitterで見かけたのでヴァントが晩年に指揮したシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭のブルックナー第7番・DVDを視聴しました。ヴァントのブルックナーと言えば個人的にはケルン放送交響楽団との全集や1990年代前半の北ドイツ放送交響楽団との録音をまず思い出し、引き締められた響きが念頭にあるので、これを視聴すると幾分ゆるんだようで穏やかに聴こえる第7番が意外に聴こえました。最近は音声だけのブルーレイ・オーディオやSACDのシングルレイヤーもあるので、このDVDの音質は今一つに感じられてこれならCDの方が良いくらいじゃないかとも思いました。

 しかしブルックナーを指揮、演奏している姿を見ることができるので来日公演に一度も行けなかったので非常に貴重だと思って購入していました。動きが少なくて何となくリズミカルにも見える指揮の動作は、オーケストラが出す音楽とはちょっと想像し難い軽やかさなのが興味深いものでした。それに終楽章のコーダのところが率直に盛り上がって、なんのとがめだてもしない風なのがこれまたケルンRSOとかのイメージとはちょっと違っていました。

 ヴァントは現在はヴッパータールの一部となっているエルバーフェルトの出身で16歳年下のホルスト・シュタインと同郷でした。そのエルバーフェルトの歌劇場ではクナッパーツブッシュが指揮していた時期もあったので、ヴァントは彼のブルックナー演奏に多少は親近感を持っているのかと思ったらそうでもないようで、このDVDの解説冊子にはワーグナー風のブルックナーはもってのほかと思っているらしくて、むしろクレンペラーのブルックナー(冊子では理知的と評していた)の方に傾倒していると出ていました。クレンペラーはハンブルク歌劇場時代に起こした駆け落ち事件により一時期、エルバーフェルトと共に合併によって
ヴッパータールの一部となったバルメンの歌劇場に居たことがありました。ヴァントの年齢からすればその当時に二人の指揮したブルックナーは聴いた可能性は低いですが、生地、地理的に妙な接点がありました。
4 11月

ブラームス交響曲第3番 ヴァント、NDRSO旧録音

161104aブラームス 交響曲 第3番 ヘ長調 op.90

ギュンター・ヴァント 指揮
北ドイツ放送交響楽団

(1983年9月16-21日 ハンブルク,フリードリヒ・エーベルトハレ 録音 RCA)

161104b 先日ウェルザー・メストの映像でブラームスの第3交響曲を視聴して以来何故か急にブラームスの3番が急に好きになり、出勤時に冷たい風を感じるたびに第3番が部分的に頭の中に流れてきます。明日のブロムシュテットの京都公演もこの曲がプログラムに入っていたら良かったのにと思うくらいです。そこでG.ヴァントの残したブラームスのことを不意に思い出して聴いてみました。個人的にヴァントの指揮する管弦楽作品はブルックナー以外ではシューベルトが良さそうと思う他、例えばベートーベンなんかは特にどこかストイック過ぎるというかいろんなものを濾過しすぎて取り付く島もないような印象でした。ブラームスちょっとそんな印象ですが、1990年代の再録音は違っているだろうと思いつつまだ聴いていません。

ヴァント・NDRSO/1983年
①12分33②7分40③5分42④09分17 計35分12
インバル・フランクフルトRSO/1996年
①12分20②8分56③6分30④08分34 計36分20
シュタイン・バンベルクSO/1997年
①11分03②9分21③6分46④10分05 計37分15

 あらためて第3番を聴いてみると(過去記事の第1番の時と比べて)豊麗な響きに思えて、第2楽章以外は先日のウェルザー・メストよりも魅力的だと思いました。上記の三種類の中では合計演奏時間が一番短いわけですが、聴いている感覚ではもっとゆったりとした感じです。リピート省略かどうかの加減もあるかもしれませんが、第2楽章はそんなに差がないように思えました。

 このCDは国内・廉価盤で「ヴァント90歳記念リリース」と銘打った2枚組のため、付属冊子にはインタビュー等が連載されています。このブラームス全集には対話の第3集として、戦時中や終戦後のケルンのことが書かれてあります。その中で1955年に行われてヴァントが指揮したギュルツェニヒ・ザールの落成コンサートの曲目が決まるまでの騒動がいかにも彼らしいと思いました。「ベートーベンの第9は絶対嫌だった」、「詩篇交響曲が良いと思った」けれど委員会の強い反対にあったので「カルミナ・ブラーナ」の導入合唱、メサイアのハレルヤコーラスをその前のレティタティーヴォとアリアから始めることを提案してそれに決まったようです。ヒンデミットらが追われた後のドイツで重用されたオルフ、「(おお、運の女神よ)まるで月そっくりに、いつも姿態が変わりやすく」という歌詞の楽曲を選んだのは自戒と皮肉めいています。さらに「ハレルヤ」から始めるのじゃなくて、「お前は鉄の杖で彼らを打ち、陶工が器を砕くように砕く」、「王たちは主の聖別を受けた者に逆らう」という歌詞の楽曲が先行しています。この辺からも頑固さとぶれない姿勢のようなものがうかがえます。

 思いだせば先月は墓参をしておらず、秋の彼岸直前に行ったきりでした。10月は亡き父の誕生日がある月だったので生前はその日を忘れないかと緊張したものでした。 父は耳が不自由であったこともあり、死ぬ間際まで「馬鹿にしやがって」という言葉が口をついて出ていました。その割に差別用語とされる一定の語にはそれほど過敏でもなくて、むしろ実質的なところにこだわっていました。それはさて置き沖縄に派遣された府警の機動隊員が発した用語、そもそも沖縄県は県議会も市町村議会もあり、当然地方自治が整っている(日本国内だから当たり前)ので未開の地ではないのだから的外れもいいところです。琉球王国時代からもそうだったわけなので、耳がきこえる人に向かって「つ ぼ」と言うのと同じです。
24 3月

ブルックナー交響曲第9番 ヴァント、ベルリンPO・1998年

160324bブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調 WAB.109(1894年原典 ノヴァーク版)

ギュンター・ヴァント 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1998年9月18,20日 ベルリン,フィルハーモニー ライヴ録音 RCA/BMG・JAPAN)

160324a さて今年も聖木曜日がやってきました。ペルーなんかではこの一週間はSemana Santa(聖週間)として国民の祝日になっていたり、スペインではViernes Santoとして金曜だけが祝日になっています。しかし日本では普段と何ら変わりのない平日です。そういう今日の朝、いつも通勤時に通る国道24号で交通事故の現場(反対車線)の横を通り過ぎました。詳しくは分らないものの、車は変形が目立たなく、辺りに流血は無くてそこそこましな事故のようでした。つくづく思えばここ十六、七年で車をほぼ毎日くらい運転するようになり、年間一万キロは走行しているのに大きな人身事故を起こさずに済みました。免許更新の講習で見せられる映画のような苦境に陥ることが無かったのはそれだけでも有難いことでした。夕方頃にそうやって感謝をもって振り返り、トレンドは自転車だと改めて思いながら自動車の利用を減らそうか、運動をどげんかせんと思いながら居眠りしていました(気が付くと18:15だった)。

160324 このCDは非常に有名なヴァントがベルリンPOに客演した公演のライヴ録音です。1990年代だけでもヴァントのブルックナー第9番は以下のように複数あります(他にもあるかもしれない)。今年に入ってからはブルックナーを聴く頻度が下がっているので段々とブル欠乏症気味で、久々に聴くとやっぱりイイなあとしみじみ思います。しかし、同じブルックナー第9番、1998年の北ドイツRSOのライヴ盤には、ヴァントが指揮する頻度が低い(手兵の北ドイツRSOと比べて)ベルリンPOよりも北ドイツRSOとの演奏の方が自然な美しさ、「室内楽的とも言える繊細極まる音楽への同化」という点では優っていると書いてありました。今回このベルリンPO盤を聴いていて、本当にそうなのかよく分らず、ベルリンPOとの方も十分精度が高くて素晴らしいのじゃないかと思いました。

~ ヴァントのブルックナー第9番
BPO/1998年9月
①26分12②10分35③25分12 計61分59 
MPO/1998年4月
①27分02②10分48③25分18 計63分08 
NDRSO/1998年4月
①27分26②11分08③26分16 計64分50
NDRSO/1993年3月
①26分55②10分43③26分52 計64分30 

 
ただ、 やっぱり晩年になってもヴァントのブルックナーはことさら宗教的な感情を刺激させるような壮大さはあまりなくて、徹底的に澄み切って文学的、宗教的な感情を投影してほめることを拒むような潔癖さが張りつめているようです。こういう感じの第9番は心地よく、高い山の頂に登ったような(実際にそんな登山経験は無いが)清々しさです。こんな風にたとえるとそれだけで値打ちが下がるような透徹さです。この録音が新譜で出た頃はヴァントは第9番を既に北ドイツ放送交響楽団と二度も録音していて、再録音(1993年3月、大聖堂じゃない方)の方が特に感動的だったのでもうこれ以上は良くならないだろうと思っていました。しかしやっぱりこのベルリンPO盤は新譜時に評判になったはずだと改めて思いました。なお、第3楽章の終わりには演奏後の拍手等は収録されていません。
5 12月

ブルックナー交響曲第5番 ヴァント、ベルリンPO・1996年

151205aブルックナー 交響曲 第5番 変ロ長調 WAB.105 (1878年原典稿ハース版)

ギュンター=ヴァント 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1996年1月12-14日 ベルリン,フィルハーモニー ライヴ録音 RCA/BMG・JAPAN)

151205 戦後70年の2015年も残すところはひと月を切っています。日本がかつてナチスのドイツと同盟国(三国同盟)だったのは黒歴史扱いか、あまり言及されません。そんな中で今年の夏ごろだったか池上特番か何かで、1941年12月8日に三国同盟締結に貢献?した外務大臣松岡洋右が皇居の方に向かって土下座していたという秘話が披歴されました。それを聞いた若い出演者は台本に従ったのか「鳥肌がたった」と言っていました。戦後生まれの私はそれを聞いた直後は全然ピンと来ずに、土下座の相手が足らないだろうと思いつつも、それが当時の体制だったのかと感慨も新たにしていました。それはともかく、三国同盟があれば米英らと戦争は回避できるだろうという意図だったという説明でした。しかし「共通の価値」を共有しないもの同士が同盟しても結果は良くないという(そういう問題か)結果になってしまいました。

 ブルックナー指揮者として(も)有名なヴァントはナチス時代には頑として党員にならなかったのでポストの上では不遇だったとされています。しかし戦後は反対にそのおかげで途がひらけていきましたが、海外での客演にあまり時間を割かずに本拠地のケルンを中心に活動を続けました。潔癖さか信念のためか、ヴァントの頑固なまでの姿勢は彼のブルックナー演奏について説明される時にもしばしば出て来ます。下記はヴァントによるブルックナー第5番のトラックタイムです。今回のベルリン・フィルへの客演が特に長めの合計時間になっています(拍手等は入っていない)。

 
~ ヴァントのブルックナー第5番
ベルリンPO/1996年 ~最長
①21分31②16分26③14分20④24分57 計77分14
ミュンヘンPO/1995年
①20分49②15分34③13分59④24分12 計74分34
ベルリン・ドイツSO/1991年
①21分31②15分47③14分12④24分10 計75分40
北ドイツ放送SO/1989年 ~最短
①20分27②15分43③13分45④23分39 計73分34
ケルン放送SO/1974年
①20分10②15分49③14分13④24分08 計74分20

151205b 聴いているとさすが一糸乱れず、終始精緻な演奏に感心させられ、これが新譜時から評判だったこともなるほどと思います。CD付属冊子では楽譜を例示して細かく解説されていますが、長年の間に試行錯誤を少しずつ繰り返してきたもので、急に思い付きで大きく演奏を変えているわけではないとありました。ふり返ってみると演奏を最初に聴いた時の印象の強さ、圧倒され具合という点では古いケルン放送SOや最短演奏時間の北ドイツ放送SOの方が優っていました。しかし、このベルリンPOとの録音は不思議にちから抜けて、より古い録音よりも自然で泰然とした感じが魅力的です。ベルリンPOとの共演だからもっと重厚に圧迫するような演奏かと聴くまでは想像していたので、特に第5番の場合はちょっと意外です。

 同じくベルリンPOを指揮していたバレンボイムの録音とは印象は違っていて、演奏者名を伏せて聴かされてオーケストラ名を当てさせられたとしたら、多分二つのCDを別のオケの演奏だと誤解するのではないかと思います。それとブルックナーの交響曲ならベルリン・フィルよりも、バイエルンとかウィーンかプラハのオーケストラの方が良さそうだと想像してしまいますが、ヴァントの指揮ならばあまり変わらないかとも思いました。
23 11月

ブルックナー交響曲第9番 ヴァント、ミュンヘンPO

151123ブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調 WAB.109(1894年原典 ノヴァーク版)

ギュンター・ヴァント 指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(1998年4月21日 ミュンヘン,ガスタイク・フィルハーモニー 録音  Profil)

 大阪のダブル首長選挙から一夜明けた今日、連休最終日というのに情報番組は選挙絡みのネタが多く、十津川警部や七人の刑事、狩矢警部シリーズの再放送もありませんでした。夕方に情報番組をちょっと見たら東京にぼっこぼこにやられて首都(中心という意味だろう)を持っていかれて久しいとか、何とか奪還するとちょうどコメンテーターがしゃべっているところで、そんなことを思ってたのかと呆気にとられました。自分は大阪府民でも市民でもないので、むしろ東京都に委任統治でもしてもらったら悪い慣習がかなり無くなるんじゃないかと内心思っていたくらいなので大阪住民の対抗心には驚かされます(口のきき方には注意しなくては)。

 これはヴァントがベルリンPOとブルックナーの交響曲第9番をライヴ録音した同じ年の約五ケ月前にミュンヘンPOへ客演した際の同曲のライヴ録音です。同じ月の上旬には同曲をハンブルクで演奏していてそれも収録されたので、ヴァントのブルックナー第9番が半年以内に三種類も記録されたことになります。ベルリン・フィルとのものだけは最初からCD化が予定されたもので、他の二種は公演の記録そのものでした。それでもハンブルクのものは複数の日付が録音データに載っているので、一回の公演をそのまま記録したものではないようです。このミュンヘン・フィルとの録音もそうかもしれませんが、性格の違う収録なので単純に比較できないとしても、最近聴いたなかではミュンヘン・フィルとの録音が一番感銘深くて、有名なベルリン・フィルとの録音よりも、より古い時代のヴァントの演奏に近いような印象でした。特に第一楽章の堂々として威圧的な響きには圧倒されます。

 ~ ヴァントのブルックナー第9番
MPO/1998年4月
①27分02②10分48③25分18 計63分08

NDRSO/1998年4月
①27分26②11分08③26分16 計64分50
BPO/1998年9月
①26分12②10分35③25分12 計61分59
NDRSO/1993年3月
①26分55②10分43③26分52 計64分30

 ヴァントによるブルックナー第9番は上記以外にも北ドイツ放送交響楽団、ケルン放送交響楽団との当初からCDとして出す予定だった録音、セッション録音があり、さらにベルリン・ドイツ交響楽団やシュトゥットガルト放送交響楽団とのライヴ音源もありました。それらの中では上記の一番下、北ドイツ放送交響楽団との再録音にはまって、それ以降に出たものは長らくスルーしていました。今回のミュンヘン・フィル盤はかつてその北ドイツRSO盤を聴いた時と同じような刺激、感銘度で、あるいはそれ以上かもしれません。

 なお、同曲異稿については第9番は終楽章に補筆完成版を使うくらいしか大きな差はありません。ヴァントは1951年出版のノヴァーク版の原典稿を使っているのに対して昨夜の朝比奈はそれより古い、1932年校訂のオーレル版の原典稿でした。具体的にどう違うのか未確認(説明されても我々にはよく分からないと思うが)ですが、朝比奈はヴァント程は使用する版にこだわりを持っていないようで、オーケストラが備えている楽譜を使うくらいの意識だったようです(ただし、原典版を使うようにフルトヴェングラーから指摘されたことは意識していた)。
31 10月

ブルックナー交響曲第9番 ヴァント、NDRSO・1998年

151030ブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調 WAB.109

ギュンター・ヴァント 指揮
ハンブルク北ドイツ放送交響楽団(現NDR交響楽団)

(1998年4月5-7日 ハンブルク,ムジークハレ ライヴ録音 Profil)

 ここ二週間くらいカーナビのタッチパネルが利き難くて、その内に全然反応しなくなったのでディーラーへ持って行きました。厳密には車本体ではない上にメーカー純正の機器でないからダメかもしれないと思ったけど、修理に出すということで受け付けてもらいました。しかしその期間はカーナビ(オーディオと一体化)を取り外しているので、運転中はラジオもSDカードに入れたCDも聴くことができず、「渋滞があります」云々のガイド音声もありません。まるで沈黙の行でもしているようで、いつもと同じ広さの車内なのに妙な閉塞感があります。

 昨日の朝比奈、大阪POに続いてヴァント、北ドイツRSOのライヴ録音です。これは元々はCD化する予定は無かったらしく、文字通りコンサートの実況録音かもしれません。ヴァントによる1998年のブルックナー第9番は9月にベルリンPOへ客演した際のもの、その後評判になった4月にミュンヘンPOへ客演したものがありましたが、何年か前に北ドイツ放送交響楽団のコンサート音源もCD化されました。それが新たにシングルレイヤーのSACDで再発売されました。第9番と第5番はヴァントが重視するだけあって特に感銘深いものです。

 ~ ヴァントのブルックナー第9番
NDRSO/1998年4月
①27分26②11分08③26分16 計64分50

BPO/1998年9月
①26分12②10分35③25分12 計61分59
MPO/1998年4月
①27分02②10分48③25分18 計63分08
NDRSO/1993年3月
①26分55②10分43③26分52 計64分30


 このCDを含めて1990年代のヴァントによるブルックナー第9番のCDは上記のような演奏時間です(このCDの第3楽章には約1分終演後の拍手等が含まれていたのでそれは除いた数値)。ベルリンPOとのものが少し短めであとは1993年も含めて1分以内の差です。北ドイツ放送交響楽団はヴァントが1982年のシーズンから1998年まで首席(1990年まで)、名誉(首席を辞任後)指揮者を務め、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団に次いで長く、密な付き合いのオーケストラでした。だからベルリン・フィルやミュンヘン・フィルへの客演以上に普段通り、ありのままの演奏が聴けるということです。と言ってもオケ、ホール、録音環境の違い以外で演奏の差があるのか、はっきり聴き分けられるかどうかは自信がありません。

 ヴァントはブルックナーの第9番について、「オーケストラの中に同じレベルの優れたホルン奏者を揃えるのは難しい、首席が素晴らしいだけでは十分ではない、一人でも能力が劣れば響きのバランスが狂ってしまう」と指摘しています。それならベルリン・フィルならいっそう上手く行くと考えがちですが、北ドイツRSOの方も優るとも劣らない素晴らしさです。第1楽章冒頭の八小節は徹底的にリハーサルしたともインタビューではこたえていますが、リハーサルで完璧でも本番ではうまくいかない時もあって、そんな時はこの年齢でも仕事を変えたくなることがあるとさえ言っています。そんな完全主義で、大阪でいうところの「かんしょやみ」的な気質はもっと若い頃のケルンRSOとの全集からは何となく察せられます。それがこの録音のような最晩年期になると自然で、威圧するような硬さはとれてきたような印象です。
11 3月

ブルックナー交響曲第9番 ヴァント、北ドイツRSO・2000年11月

150311aブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調 WAB.1009 (1894年ノヴァーク版)


ギュンター・ヴァント 指揮
北ドイツ放送交響楽団


(2000年11月12-14日 東京オペラシティ・コンサートホール 録音)

 「何となく被害担任艦となり得たる感ありて、この点幾分慰めとなる。」これは昭和19年10月24日に沈没した戦艦武蔵の艦長、猪口敏平少将が残した手記の末尾でした。子供向けの「大和図鑑」のような本に武蔵が沈んだ時のレイテ沖海戦が漫画になって載っていて、そこにも「何となく被害担任(担当だったか)艦」という言葉が出てきて子供心に強烈に印象に残りました。最近その沈没した船体が見つかり驚いていると、地元新聞に海戦直前に後退した艦長(第三代艦長、朝倉豊次大佐)の子孫が取材に応じている記事が載っていました。思えば七十年経っても遺骨が戦没地に埋もれたままになっているものもあり、戦後生まれの自分からしても容易に区切りが付かない気がします。

150311b 最近になって3月14日に関西フィルが定期公演でブルックナーの第5番を演奏することを知りましたが、その時間は自家用車の定期点検に当たり年度末で混雑するため変更がためらわれ、残念ながらブル5はパスします。といったところで引き続きブルックナーのCDです。このCDはギュンター・ヴァントが最後に来日した際の三日間の公演のライヴ録音から制作したものです。プログラムはシューベルトの未完成交響曲とブルックナーの第9番という完成されなかった傑作を二曲並べたものでした。DVDで出ているのは二日目の13日の公演を収めたもの、NHKでテレビ放映されたのは翌14日の公演ということなので、このCDと全く同じ音源ではありません。その三日間の公演は発売後二時間で完売という過熱ぶりだったそうですが、当時の私はクラシックからちょっと遠のいていた時期だったのであまり記憶に残っていません。

 ただ、NHK教育テレビで紹介された時は出演者が「最初の一音で涙が出た(これはシューベルトの方か)」と言ったのは覚えています。内心催涙ガスじゃあるまいしと苦笑していましたが、その公演の熱気というか期待の程がうかがえる言い回しで、同時に演奏の雰囲気も伝わる例えだと思います。そういう伝説的な公演であり、言い尽くされている内容なので余計なことを付け加える余地はありません。実際改めて聴いてみて、全楽章とも一貫して素晴らしいものだと思いました。特に第2楽章のが躍動する速目のテンポでかつ端正なスケルツォになっているのが鮮烈でした。

 「顔の覆いを取り除かれて、わたしたちは皆、鏡のように主の栄光を映し出しながら、~」というのは新約聖書の使徒書簡(コリント二のふみ第三章)に出てくる言葉ですが、およそ曖昧さがなくありのままを目の当たりにしている様子が想像されます。このブルックナーの第9番はまさにそんな光景が重なるくらい最初から最後まで明晰で、流れるような自然さで作品が入ってきます。これは当日会場で聴いていれば最初の一音目でかどうかは別にして、本当に涙が出るくらいの感銘度だっただろうと思います。と言っても特に情緒的な面で涙腺を刺激する作品でも演奏でもないので、この感銘度は一体どこから来るのだろうかと思います。

 このヴァント最晩年の第9番を聴いていると却ってもう少し若い頃の録音が思い出されて、例えばケルン放送交響楽団との全集の中のセッション録音なんかはやっぱり素晴らしいと思います。その頃の録音と比べると2000年の演奏は幾分余裕があって、良い意味で少しくつろいだ風でもあると思います。ヴァントは骨折した時に足に入れた金具が入ったままになっているため、時々急に痛くなることがあるそうで、11月12日の公演時も第3楽章のあと10分くらいで終わる時にもそれが出たと言っていました(CD付属冊子による)。演奏が終わった後楽屋でヴァントは「生きているから痛みも感じるんだよね、天国では痛くはないよね?」と言っています。

13 12月

ブルックナー交響曲第3番 ヴァント、ケルンRSO

141213aブルックナー 交響曲 第3番 ニ短調 (第3稿1888/1889年ノヴァーク版)


ギュンター=ヴァント 指揮
ケルン放送交響楽団


(1981年1月5-17日 ケルン,WDRグローサー・センドザール 録音 RCA・DHM)

 昨日に続いてブルックナーの交響曲第3番のCDです。ヴァントが唯一完成させたブルックナー全集・セッション録音からの一枚です。ヴァントによるこの曲の録音は1992年のハンブルクでびライヴ盤の他、映像ソフト等がありました。昨日のベームはブルックナーの交響曲をあまり録音していなかったようですが、ヴァントも交響曲第1番と第2番はケルンの全集録音の時に演奏しただけで、定期公演等で取り上げたことがありません。ブルックナー作品の演奏頻度があまり高くなかったこともあると思いますが、ヴァントもブルックナーを無批判に崇拝するような姿勢ではなっかたのだろうと推測できます。

141213b ヴァントの同曲異稿に対する考えは、「作曲者の最終意思を尊重」するというもので、例えば第1番ならウィーン稿、第2番なら1877年稿・ハース版を使用していました。第3番の場合は第3稿にハース版が無いのでノヴァーク版を使っています。作曲者以外の手によらずブルックナー本人が最終的に完成させたものを演奏するという立場で一貫していたようです。交響曲第3番と第4番の場合は改訂と言っても内容は大きく異なり、特に第4番は半分くらいは別の作品になっています。第3番の場合もこの曲の通称「ワーグナー」の由来となったワーグナー作品からの引用は、初期稿を改訂する際に大きく削除されています。ワーグナー作品の愛好者だったブルックナーは特にワーグナーの歓心を買うために引用をしたわけでもないと思われ、第3番も第4番と同様に第1稿も意義がある稿だと考えれ、実際演奏頻度も高くなっています。

ヴァント・ケルンRSO(1981年)
①21分25②13分42③6分41④12分37 計54分25
ベーム・VPO(1970年)
①22分00②14分44③6分54④12分58 計56分36
ヨッフム・バイエルンRSO(1967年)
①19分58②15分12③7分14④13分16 計55分40
ヨッフムドレスデン管(1977年)
①20分50②15分39③7分40④11分02 計55分11

141213 ヴァントとケルンRSOとベーム、ヨッフムのトラックタイムを列記してみると上記のようになり、ヴァントの合計時間が一番短くて昨日のベームとウィーンPOが一番長くなったものの大きくは違わず2分強の差でした。これを聴いていると昨日のベームの方が柔らかで、とっつき易い印象なので人気が出るのも肯けます( 批評家も特にブルックナーを聴きたくない時に、スケジュール上やむを得ず聴かなければならない時もあるだろうし、そんな時はこのヴァントの録音はしんどい、それにそもそもブルックナーが好きな人ばかりが名曲名盤の企画に参加してるとも限らない )。

  この時期のヴァントは1990年代と比べて速目のテンポになることが多く、ブルックナーの場合は潔癖というか、「交響曲=絶対音楽」式に余分なイメージが結び付けらて聴かれないような決然とした意志がちらつきます(インタビューでもそういう意味のことを語っている)。それにRCAから復刻された全集箱は金管の音がどぎついような音質なのでよけいにそうした特徴が強調されるようです。ヴァントとケルン放送交響楽団のCDが最初に出回ったのは1980年代末で、当時はEMIのロゴも付けてドイツ・ハルモニアムンディから出ていました。その時期にブルックナーとシューベルトは何種か購入して聴いていましたが、音質はちょっと違っているように思えます(ここまでギラギラとした音だったか??旧ソ連の録音程ではないけれど)。

 その当時ヴァントのCDを買ったのは大阪市北区の大融寺近くの小さいビルにあったクラシック専門店でした。大融寺は能楽にもなっている源融縁の寺だったはずですが、何度か行っているあいだに極道一家の葬儀があったのか極妻や修羅が行くに出てくるような強面がずらっと並んでいたことがあってびっくりしました。今ならおおっぴらにそういうことは出来ないはずなのでそんなところにも時代の流れが感じられます。

8 11月

ブルックナー交響曲第5番 ヴァント、ミュンヘンPO・1995年

ブルックナー 交響曲 第5番 変ロ長調 WAB.105


ギュンター=ヴァント 指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団


(1995年11月29日,12月1日 ミュンヘン,ガスタイク 録音 Profil)

 先日、新しいPCのメールソフトをセットアップしようとしたらメインで使っているプロバイダの「メール・パスワード」を忘れてしまい、作業が止まってしまいました。単純な作業に時間をかけるのもあほらしいので再設定して全部のパソコンで使えるようにできました。ただ、再設定の際に「お客様番号」とか言うものが必要になり、これは初期の契約書類があったのですぐに出来ました。これも忘れたり所在不明だったらさらに面倒なことになっていました。メールはWEBメールにしてメールソフトは使わなくても使えますが、その場合でもメール・パスワードは必要でした。このパスワード、控えをとっていなかったということは、いくらボケてもこれは忘れないだろうという言葉か数字だった(現に去年の夏は普通に再設定してた)はずなのでその点は少々焦っています。

141108 昨日に続いてミュンヘン・フィルの録音です。ルドルフ・ケンペが亡きあと、1979年から1996年までミュンヘン・フィルの首席指揮者と務めたのがセルジュ・チェリビダッケでした。同オケのCDが少ないと思えばそんな以前からチェリビダッケが首席だったので無理もないことです。1980年代の一時期は個人的にカラヤンとベルリンPO以外で独墺系の主だったレパートリーを録音しているオケは無いかと探していたので、ミュンヘンPOはどうなっているのかと不思議に思っていました。このCDはヴァントが晩年にミュンヘンPOへ客演したコンサートのライヴ録音の一つです。チェリビダッケがまだ存命の時期だったので、彼の厳しいリハーサル(ブルックナーの第5番もチェリビダッケは指揮していた)によってオケは作品にも慣れたものだったと思われます。

 下記はこのCDとそれ以外のヴァント指揮の第5番の録音のトラックタイムです。ヴァント没後も彼のブルックナーは継続してライヴ音源が出ているので、下記の他にも第5番のCDがあるかもしれません(確かN響に客演したものがあった)。このCDでは演奏終了後の拍手も入っているのでその時間を第4楽章から除いています。

ミュンヘンPO(1995年)
①20分49②15分34③13分59④24分12 計74分34
ベルリンPO(1996年)
~最長
①21分31②16分26③14分20④24分57 計77分14
ベルリン・ドイツSO(1991年)
①21分31②15分47③14分12④24分10 計75分40
北ドイツ放送SO(1989年) ~最短
①20分27②15分43③13分45④23分39 計73分34
ケルン放送SO(1974年)

①20分10②15分49③14分13④24分08 計74分20

 ヴァント指揮のブルックナー第5番ならケルン放送交響楽団との全集盤(セッション録音)の印象が強く、それとその15年後の北ドイツ放送交響楽団とのライヴ盤も負けず劣らず圧倒的な感銘度です。一番評判の高いベルリン・フィル盤はほぼ未聴のまましまってあるので今のところは第5番といえばその二種をまず思い浮かべます。今回のミュンヘンPOへの客演盤は演奏時期、年代が近いベルリンPO盤よりもそれらの古い二種に近い合計演奏時間になっています(ケルンRSOとは合計で十数秒の差)。

 しかし聴いた印象ではかなり違っていて、「威圧的なまでに鋭角的」と評されたケルン盤と比べると対照的に角がとれて穏やかな響きになっています。オ-ケストラと会場の違いか、年齢を重ねた結果か、とらえ方は様々かと思いますが、これはこれで非常に魅力的です。特に第二楽章が素晴らしくて、五種類の中で一番短い演奏時間なのにむしろその逆くらいの印象で、深々とした広がりを感じさせます。この演奏は是非とも会場で聴いてみたかったと今更かなわないことながらそう思えてきます。それと、ついでにベルリンPOとの録音は演奏時間の数字だけを見ても特異なのでこれも気になるところです。

13 4月

ブルックナー交響曲第6番 ヴァント・NDRSO 1996年7月

ブルックナー 交響曲 第6番  イ長調 WAB.106(ハース版)


ギュンター=ヴァント 指揮

北ドイツ放送交響弦楽団


(1996年7月7日 リューベク,ムジーク&コングレス・ハレ ライヴ録音 日本コロンビア)

140413a  最近ヴォーン・ウィリアムズのオペラ「天路歴程」のCDを途切れがちに聴いて、英文の解説をちらちらながめながら、原典の方(ジョン・バニヤン 1628-1688年)はどんな内容だったかを思い出していました。天路歴程は、「破滅の街」に住むクリスチャン(主人公である)が伝道者(キリスト教圏にあって伝道者というのも妙な話だけれど)と出会い、そこを離れて誘惑を受け、試練に遭いながらもやがて「天の都」へ到達するという内容で、バプテストに転じたバニヤンの信仰観やピューリタン的な人生観をあらわしているとされます。「破滅の街」という現在の居場所を脱するところがいかにもと思います。ただ、天国とか地獄について聞くと来世のことはさて置き、「今でしょ」というか、ルカ福音書にある次の部分を思い出します。「『あそこにある』とか言えるものではない。神の国は、実にあなたがたの間にあるのだから。(17章20-21節)」 さて、今日は枝の主日・受難の主日なのに、朝起きたのは12時5分前になっており、「相棒」の再放送が始まる直前でした。
 

 これはヴァントが北ドイツ放送交響楽団を指揮した公演の一発録りのようで、ハイドンの交響曲第76番とブルックナーの交響曲第6番という地味なプログラムのため、すぐに入手不能になるだろうと思って買っておいたDVDです。音声はリニアPCM・ステレオのみですが音質は良好で、我々一般人にはこれで十分すぎると思いました。このDVDはブルックナーもさることながら、ハイドンの第76番も素晴らしい演奏で驚かされます。ヴァントとハイドンは結び付き難いという先入観でしたが、まったくそんなことはなく終楽章の軽快さ等うってつけだと思いました(第76番は前年にも取り上げ、この年はマチネーで終楽章を二度演奏したという)。
 

 第6番はブルックナーの交響曲の中でも昔から虫が好くというか生理的に好きな曲でした。ヴァントの第6番はCDで何種類も出ていて、主なものでは下記のように三種ありました。今回のDVDは1995年5月15日、ハンブルクでの録音から約1年後の演奏です。演奏時間は下記の通りですが、DVDは終演後の拍手が30秒以上と各楽章間の時間が長めで、それらが含まれるので実質的にはCDと同じくらいになるはずです。第一楽章が終わったところで拍手する人が少し居たのは愛嬌なのか、法人会員か何かの切符をもらった人が何も知らずにそうしたのか。
 

NDRSO・1996年(シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭)
①17分08②16分07③9分08④14分28 計56分51

NDRSO・1995年
①16分37②15分57③8分50④13分41 計55分05
NDRSO・1988年

①16分06②15分47③8分57④13分27 計54分17
ケルンRSO・1976年
①15分35②15分04③8分45④13分39 計53分03
 

140413b  CDで聴くヴァントのレパートリーは個人的にはブルックナーだけといったところで、それ以外のベートーベンやブラームス(1980年代の北ドイツ放送交響楽団とのライヴ録音)はあまりに研ぎ澄まされ過ぎてとっつき難いという印象でした。この1990年代も後半にさしかかったブルックナーやハイドンは威圧感のようなものは影をひそめ、角がとれたように聴こえます。ハイドンは意外な程の軽快さで、特定のレパートリーだけ聴いていると気が付かないこともあると改めて思いました。ハイドンの演奏中に指揮棒を落としてさりげなく拾って続行する場面や、ブルックナーではスケルツォでティンパニのロールが抜け落ちる(解説にアクシデントであって解釈じゃないと言及している)等の乱れもありました。それらをカット、編集しないのも結構なことだと思います。

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プロフィール

raimund

昭和40年代生まれ、オットー=クレンペラーの大フアンです。クレンペラーが録音を残したジャンルに加え、教会音楽、歌曲、オペラが好きなレパートリーです。

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