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新・今でもしぶとく聴いてます

ベートーベンのピアノ曲

27 1月

ベートーヴェン田園ソナタ ケンプ/1951年

240127bベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第15番 ニ長調 作品28「田園」
第1楽章:Allegro 3/4拍子 ニ長調
第2楽章:Andante 2/4拍子 ニ短調
第3楽章:Scherzo. Allegro vivace 3/4拍子 ニ長調
第4楽章:Rondo. Allegro, ma non troppo 6/8拍子 ニ長調

ヴィルヘルム・ケンプ:ピアノ

(1951年12月21日 ハノーヴァー,ベートーヴェンザール 録音 DG)

240127a この冬一番の寒波という触れ込みに身構えた一週間でしたが、気温そのものはぎりぎり零度を下回ったくらいで済んでいました。灯油の消費もそれほどでもなく、これで終わりなほど甘くはないでしょう。自分が幼稚園くらいの頃見た子供向けの本に三十年後の世界を描いた絵がありました。地球が寒冷化し、石油も枯渇して暖房が簡単には使えない、吹雪の中で、市街地で倒れて助けを求める人が描かれていました。現代はその当時から五十年くらい経過しましたが逆に温暖化が心配されています。当時全盛期だった円谷プロの特撮作品、ウルトラQ以降はyoutubeとかで出演者のご健在な様子が見られて嬉しいところですが、個人的にはリアルタイムで放送をみたのは「帰ってきたウルトラマン」とそれ以降の番組でした。それでもウルトラマンとウルトラセブンは再放送で何度もみて、LD等も購入していました。小学生の頃、特撮のマニアのような同級生が居て、特にウルトラマンの所作を真似していたのを思いだします。「制限時間3分の終わりに近づき、エネルギー残量を気にしつつ腹をくくって撃つスペシウム光線」、「格闘戦で優位にたち、光線無しで決着がつきそうな時、おもわぬ反撃をくらってのけ反る」等々、実際独特の所作、動作だったと改めて思います。

 今回は、前回のヴァイオリン・ソナタ(シュナイダーハン旧)の頃にケンプがレコーディングしたベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集から第15番「田園」です。この曲は交響曲とは違い、作曲者が田園と呼んだりしたのではなく、出版される時に名付けられました。かなり前に同じくモノラル録音のバックハウスの全集でこれを聴いた時は、全然田園という呼び名がふさわしくないと思えて、突き放されるような感じでした。クレンペラーの田園交響曲を初めて聴いた時もそうでしたが、どうも田園という言葉に過剰に反応、期待して、つい無防備に愛想のよい音楽を想像してしまいます。ケンプもバックハウスもキャリアにナチの陰がかかりますが、演奏は両極端、対照的とまでではなさそうです。

 改めてケンプの旧全集(本当はSP録音もあるので単純に「旧」ではない)から田園ソナタを聴いてみると、ああこういう曲だったと思い出すのと同時に得も言われぬ心地よさで、ピアノ三重奏第1番やヴァイオリン・ソナタ第1番と同様に癒されます。癒されるというのもクセもので、ベートーヴェン作品を聴いてそれだけしかないのかと言われると困りますが、我々一般人はそれくらいでしょう。終楽章はそういう穏やかな感情だけでは収まらない、エロイカの予兆のような魅力も感じられます。ピアノ・ソナタ第15番は作品27の他の二曲、第13番、第14番と同じく1801年に作曲されました。ハイリゲンシュタットの遺書(1802年)の直前でした。

 ベートーヴェン作品ならケンプ(Wilhelm Kempff 1895年11月25日 - 1991年5月23日)とまで言われていたかどうか、この録音年は自分はまだ生まれていなかったので評判の程は実感していませんが、ケンプのレコードは後年も店頭でレコードをよく見た覚えはあります。K.宇野系の本ではケンプよりバックハウスと推奨されていて、カラヤン、ショルティら有名なアーティストが標的にされた論調があるので、そこからもケンプは定番的な人気があったことがうかがえます。ただ、ケンプの田園を聴いて親しむにつれて、何となくバックハウス推しの心情が理解できる気もしました。ケンプ、バックハウスはベートーヴェンのピアノ・ソナタならステレオ録音の再録音の方が有名ですが、それは後回しにします。
1 1月

ベートーヴェンのテンペスト ブルーノ=レオナルド・ゲルバー/1992年

2401ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31の2「テンペスト」

ブルーノ=レオナルド・ゲルバー:ピアノ

(1992年9月3日 スイス,ヴヴェイ,サル・デル・カスティーリョ 録音 DENON)

 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。2024年第一回目の更新です。各地の有名な山をそこの地名と富士山を組み合わせて、例えば近江富士(三上山)、薩摩富士(開聞岳)、若狭富士(青葉山)等と呼ぶことがあります。正直何かにつけて富士山を引き合いに出すような呼び名には抵抗を覚えていました。しかし、実際に行ったことのある開聞岳(正確にはふもと付近だけ)以外は山の名前を知らず、何々富士の名前の方が浸透して記憶に残るのだと再確認しました。最近、森内俊雄の文章の中で、遠藤若狭男(1947年4月29日 - 2018年12月16日/本名:遠藤喬)という敦賀生まれの俳人、作家が紹介されているのを知りました。その方の俳句に「若狭富士」で終わるものがあり、一目で何か迫るものが感じられて、何々富士という呼び方も悪くないと思うようになりました。

2401a 抵抗を覚えるとか虫が好かないというものは、元々わがままで浅薄なものが原因かもしれません。例えばT川S太郎の詩なんかは反射的に拒絶してしまいます(網羅的に読んだわけではないにせよ)。当然逆の場合もあって何故か分からないけれど波長が合う、虫が好くという場合もあります。森内俊雄の娘さんがピアノを習っていて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番に取り組でいる時、森内氏の多数ある同曲CDの内で「ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(Bruno Leonardo Gelber 1941年3月19日 - )をお手本にしてよく聴いている、『まあいいだろう、ハイドシェクを選ばなくてよかった』」という文章がありました。自分はベートーヴェンの有名作品の中で、熱情とテンペストは初めて聴いた時からどうも拒否感がわいてくる作品でしたが、ゲルバーのCDを聴いていると不思議にそういう反発の感情はわかずにすっと入って来る気がしていました(森内氏は「まあいいだろう」程度のようだが)。

 改めてゲルバーのテンペストを聴いてみました。DENONのベートーヴェン録音集NO.1~6の内のNO.5、三楽章構成の曲ばかり集めた(
第17番 ニ短調 作品31-2「テンペスト」、第25番 ト長調 作品79、第28番 イ長調 作品101)CDです。今回聴いているとゲルバーの呼吸、息継ぎのような音声も入っていて記憶の中にあった演奏より激しいものが垣間見え、そもそもゲルバーはどういうピアニストなのかと思えてきました。アニー・フィッシャーのベートーヴェン・ソナタもそういう呼吸が入っていてちょっと驚きながら聴いていました。

 このテンペストを含むDENONのCDについて、日本コロムビアのHP、「classical music この一枚」というコーナーのNO.40として紹介され、その末尾の方では「まるで古代ギリシャ彫刻のような均整のとれた音楽作りを目指すゲルバー」と演奏の特徴を冠して書かれてあります。個人的にはそういう系統の演奏だと何となく思ってきましたが、それにだけでなく+アルファ的なものがありそうで興味深いと思いました。森内俊雄氏がハイドシェックについて「地味な演奏をしてどこかに消えてしまったと思ったら、神業的な演奏で復活してきた」、「ドラマティックもいいが少々ヘキエキする」と評していました。つまり辟易するそういう演奏よりはゲルバーのテンペストはまだまし、くらいの位置付けのようです。

 上記の日本コロムビアの記事には録音当時の様子が紹介されています。やはりかなり神経質な性分のようで、よく6枚だけでもベートーヴェンをレコーディングしてくれたものだと思います。ゲルバーは2013年10月の京都公演を聴きに行きました。それから十年経って最近はあまり情報が無いなと改めてCDを引っ張り出してきたわけで、ちょうどゲルバーのブラームスのピアノ・ソナタ第3番のレコードを見つけた直後でした。その「classical music この一枚」にはゲルバーがベートーヴェンの連続録音中にブラームスのソナタ第3番を録音したいと言いだしたという話もありました。ゲルバーは1968年の初来日以降、度々来日しているのでまた生で聴きたいところです。しかしもう八十を超えるお歳なので来日公演は難しそうです。
22 7月

ベートーヴェン ピアノソナタNo.1 バックハウス

210720bベートーヴェン ピアノソナタ 第1番 ヘ短調 作品2-1
第1楽章:Allegro 2/2拍子 ヘ短調
第2楽章:Adagio 3/4拍子 ヘ長調
第3楽章:Menuetto, Allegretto 3/4拍子 ヘ短調
第4楽章:Prestissimo 2/2拍子 ヘ短調

ウィルヘルム・バックハウス:ピアノ

(1953年11月 ジュネーヴ,ヴィクトリア・ホール 録音 DECCA)

 いよいよ日中の最高気温が体温以上になる猛暑の日々がやってきました。朝の天気予報では屋外での運動は避けるように注意喚起されていました。そんな中、五輪の開会式に先立ち女子ソフトボールとサッカーの試合が始まりました。最近は地下鉄の車内アナウンスでも「安心安全」という語句を使っていて、それを言えば呪言のように何か効果があるのかと言いたくなってきます。夜になっても暑くて、高温のために蚊もとばないくらいです。ベートーヴェンの作品番号1は何だったか、エアコンを「切りタイマー」に設定しておいて寝て、タイマーが切れて間もなく目が覚めて寝付けない時にそれを考えていました。

  たしかピアノ・ソナタでは無かったはずで、弦楽三重奏でもなくて、調べるとピアノ三重奏の第1番から第3番までが作品1-1、1-2、1-3になっていました。ピアノ・ソナタは第1番から第3までが作品2になっていました。それからピアニストでベートーヴェン弾きと言えばだれが思い浮かぶかと、誰にも問われないけれど考えてみるとなかなか決まらず、ピアノ・ソナタなら個人的にアニー・フィッシャーがまずベートーヴェンらしいという点で思い浮かびます。その次はアンドラーシュ・シフくらいで、あとはソナタ全曲を聴いたわけではないもののゲルバー、ギレリス、最近関心が増したアラウといったところです。

 もっと古い世代で有名なのはバックハウスとケンプで、いよいよ梅雨が明けて酷暑になってテレビも面白くないので寝る直前に両者の旧全集でベートーヴェンのソナタをちょくちょく聴き出しています。両者ともステレオの再録音が有名ですが、特にバックハウスは旧録音も素晴らしいと思い、あえて言えば旧全集なら バックハウス > ケンプ じゃないかなと思いました(そう言えばウノ本でケンプよりもバックハウスと書いてあった かしら)。

 ピアノソナタ作品2-1は1795年に完成して作品2-3までの三曲がハイドンに献呈されています。個人的には作品2-3が特に好きでしたが久しぶりに聴くとどれも魅力的だと思います。ベートーヴェンは1792年にウィーンでハイドンに師事していてハイドンんが1793年に英国から戻ると作品2のソナタの作曲を始めたようでした。ハイドン、モーツァルトのソナタが3楽章が多かった当時にどれも4楽章から構成されていて、既に独自の作風が出ています。バックハウスのモノラル録音の旧全集で聴くと第1番もマンハイム楽派、ハイドンらとは一線を画する内容というのが際立ってきます。
6 11月

ベートーヴェン ピアノソナタ第18番 ブッフビンダー/2014年

181106ベートーヴェン ピアノソナタ第18番 Op.31-3 変ホ長調

ルドルフ・ブッフビンダー:ピアノ

*2014年ザルツブルク音楽祭・ベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏(7日間)

(2014年8月3日 ザルツブルク,モーツァルテウム大ホール ライヴ収録 C Major)

 これはルドルフ・ブッフビンダーが2014年のザルツブルク音楽祭で七日間かけてベートーヴェンのピアノソナタを全曲演奏した公演を収めた映像ソフトの中の第18番です(第1集)。CDで出ていたのは2010年9月から翌年3月にかけてドレスデンで収録したものなので別の演奏でした。ブッフビンダーはベートーヴェンのソナタを四十回以上も全曲演奏していて、1980年代前半にもピアノソナタ全集を出していました。先日のNDRエルプ・フィルの公演で聴いて以来、このピアニスト、特にベートーヴェンが大いに気になっています。

 ブッフビンダー(Rudolf Buchbinder 1946年12月1日 - )と同年代のピアニストとなると誰が居たか、スティーヴン・コヴァセヴィッチあたりかと思って調べると約三歳年長で、ポリーニが四歳くらい、アルゲリッチが五歳くらい上でした。クリスティアン・ツィマーマンになると十歳若くなるのでブッフビンダーも大御所くらいになり、その割に日本では地味な存在じゃないかと思われ、この映像ソフトの客席の反応を見ているとつくずく思いました。

第1楽章:Allegro 変ホ長調
第2楽章:Scherzo, Allegretto vivace 変イ長調
第3楽章:Menuetto, Moderato e grazioso 変ホ長調
第4楽章:Presto con fuoco 変ホ長調

 約四年前の演奏になり、アンコールで第2楽章だけを弾いた時と違ってもう少しゆったりとしたテンポになっています。ベートーヴェンというとつい激しく、硬く、闘争的なもの、悲壮感、苦渋に満ちた、ということを思い描きがち(それだけでないとしても)なので、このソナタをこのタイミングで聴いて、なにか憑物が落ちたようで意表を突く魅力に出会った心地がしています。これと前後してアニー・フィッシャーの全曲録音から同曲を聴いてみると、同じ曲だからあまり違わないとしても、ブッフビンダーの演奏には適当な言葉が見つからないのが残念ですが、良い意味で余裕、ゆとりのようなものが感じられて感動しました。フィッシャーの方は自分にとってベートヴェンの定番的な録音で、ベートーヴェンのソナタと言えば多数の曲でこの全集の演奏を思い出していました。

 ピアノソナタ第18番 作品31-3 変ホ長調は、1801年から1802年にかけて作曲され、1804年に最初に出版されました。第16、17番と三曲が作品31としてひとまとめで1805年に出版され、その中でこれだけが四楽章の構成でした。四つの楽章にアダージョのような緩徐楽章が無く、第4楽章の主題が角笛を思わせるとして「狩り」という愛称で呼ばれることもあり、ブルーレイソフトの表記にも併記されていました。第22番のソナタと何となく似ている気がして、おなじソフトに収録されているので最初に視聴した際には第18番の次に第22番を再生しました。作曲者にとって第18番はどういう位置付けだったのだろうかと思い、仮に生前に対面できて32曲中でこれに一番感動しましたと言ったらどんな反応だろうかと思います。
1 7月

ベートーベンのピアノソナタ第31番 メジューエワ

170612ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2009年1,5,6,11,12月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 今年も半分が過ぎ、昨夜賞味期限ぎりぎりの水無月を食べて6月が終わるのを思い出しました。寝る前に食べなくても翌朝でも別にカビがはえたりしないのに、つい賞味期限、もったいない(捨てるのは)を口実にして口にしながら、メジューエワの京都公演からもう三週間も経ったのでそのことも思い出しました。11月には大津でオール・ショパンのプログラムらしいのでチケット発売日をチェックしておこうと思っています。

 京都市役所周辺を歩いていると、今すれ違ったのはメジューエワさん?と思ったことが何度かありましたが自宅が市内中心部らしいので人違いじゃなかったのでしょう。最近は演奏活動に専念(以前は芸大で教えられていた)されているらしく、地元公演での協奏曲も期待します(そういえば協奏曲の録音はあまりなかった)。

 ベートーベンのピアノソナタ第31番も公演当日のプログラムにあった曲であり、CDの方は約8年前に録音されたものです。当日の演奏とCDとで聴いた印象の違いが一番大きいと思ったのがこの曲でした。8年の期間と生で聴くのと録音の差があれば違って当然だとしても、改めてCDの方を聴きながら公演を思い出していると作品観のようなものまで変わりそうです。特に第3楽章の最後、フーガが繰り返されるpoi a poi di nuovo vivente(次第に元気を取り戻しながら)と記入されたあたりから最後までは、公演で聴いた時は直線的に歓喜を高らかに奏でる風ではない独特なものだと思いました。

 最初に第30番から32番までの三曲を聴いた時から第31番が一番取っつき難いと思っていましたがそれは、「苦悩から歓喜へ」という運命とかに似た作風が後期らしくないとか勝手に思っていたからでした。改めてその部分に注目して聴いていると、元来余裕で高く翔け上がるような内容じゃない気がしてきました。
15 6月

ベートーベンのピアノソナタ第27番 シフ/2006年

170615bベートーベン ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 作品90

アンドラーシュ=シフ:ピアノ

(2006年5月21日 チューリヒ,トンハレ 録音 Ecm)

170615a 昔からある月刊レコード芸術誌の企画、「名曲名盤500」の最新集計本をながめると結構古い録音が今でもトップ3に並んでいました。そんな中でベートーベンのピアノソナタ第27番は、今世紀になってからのアンドラーシュ・シフの録音が2位か3位に挙がっていました。ちなみに先日来取り上げているイリーナ・メジューエワのCDは、ベートーベンでは全然リストアップさえされていません。国内で制作されたCDであり今でも入手できるのに意外な現象です。それはさて置き、シフのベートーベンも好きなので第27番を聴いてみました。シフのベートーベンのシリーズはヨーロッパ各地で行った公演にあわせて録音したそうで、チケットがすぐに完売する人気だと紹介されていました。

 ピアノソナタ第27番はロシア系のピアニストが好んで取り上げる作品らしく(レコ芸別冊・名曲名盤500のコメント)、それを反映してか名曲名盤の企画では1位にはギレリス、3位か2位にリヒテルが挙がっていました。第一楽章の冒頭はなるほど鋼鉄のタッチが似合いそうですが、「十分に歌うように」の第二楽章はまた違う内容なので何故ロシア系奏者がこの曲を特に好むのか不思議です。

 シフも作品110、111の場合とちょっと違い第一楽章の冒頭は鋭い打鍵で始めていて、これがベスト3にランクされた理由の一つかな(そんな単純じゃないか)と思いました。1953年生まれのシフとメジューエワでは世代が違うとしても、この曲や後期三作品なんかは聴いた印象から通じるものがあると思いました(余談ながら二人とも配偶者が日本人)。

 シフのベートーベンと言えばソナタ全曲録音より前の1996年に録音したピアノ協奏曲第5番と4番を聴いたことがありました。ハイティンク指揮のシュターツカペレ・ドレスデンとの共演で、オーケストラも含めて何となく軽すぎる音質に聴こえて違和感が先に立ったのを覚えています。ピアノソナタの演奏、音質とは全然違っていたと思えますがもう一度聴き直したくなってきました。
14 6月

ベートーベンのピアノソナタ第32番 メジューエワ

170614ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2008年12月、2009年1,3,4,5月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 先日のイリーナ・メジューエワのリサイタル会場でLPレコードを買ったので、しばらく使っていなかったプレーヤーをアンプとつなぎ、ついでに年末から放置していたTASCAMのレコーダーの梱包を解いて設置しました。最近はLPの復刻も続けて出ていて、ちょっとしたどころかLPのブームになっています。2月にフェスティバルホールへ行った際にはテクニクスのレコードプレーヤーやハイエンドのスピーカーなんかが展示してありました。肝心のメジューエワのLPはまだ聴いていなくて、今回も公演プログラムにあったベートーベンのソナタから第32番のセッション録音です。

ベートーベン ピアノソナタ 第32番 ハ短調 作品111
第1楽章:Maestoso - Allegro con brio ed appassionato
第2楽章 Arietta. Adagio molto, semplice e cantabile

 公演会場で聴くのとそれより10年くらい前のセッション録音のCDとでは比較しようがないとしても、先日の公演の演奏を目隠しして誰が演奏しているか告げられずに聴いたとすれば多分同じメジューエワが弾いているとは分からなかったかもしれないと、特に第32番のCDを聴きなおしていてそう思いました。

 CDの方はどこかシューマンの作風を思い出させるような穏やかさをまとっているようだと思いましたが、公演の方はもっと彫が深く陰影が強調されたようで圧倒されるようにも思いました。演奏後の反応、感想も打たれて圧倒されたのがうかがえる内容が漏れ聞こえました。CDの解説かどこかで彼女は若い頃は暗譜で弾いていたが、やがて楽譜を置いて演奏するように心がけていた、それでも演奏が進むにつれていつも楽譜をめくっているわけではなかったことに気が付いたと省みていました(それでは楽譜を見ながら演奏していることにならないと)。

 作曲者、作品により忠実にという姿勢だと思いますが、この十年くらいの間にその姿勢がさらに徹底されてきているとすれば、今回の公演を聴いて一種の意外さを覚えた自分はこれらの作品にけっこう勝手なイメージを投影してそれを固定させているのだろうと改めて思いました(ベートーベンのソナタ以外でもその傾向はあるはず)。そう思っている内にアンドラーシュ・シフのCDを思い出して、その演奏も古い巨匠の演奏とは違っていて「あれっ」と思ったことがあり、何か通じるものがあるかもしれないと思いました。

 無くて七癖、演奏会場でも人によっては結構目立つ癖があったりするもので、先日はホールの前の方の端の席で終始手を上にかざしたり、何かパントマイムのような動きをする人を見かけました。自分の近くじゃないので別に邪魔になりませんが、最初は芸術家か何かを特集でもしてTVの撮影が入っているのかと思ったくらいでちょっと驚きました(この歳にしてはじめて見た)。ある時はリズに合わせて体を上下にピストンさせているのが目に入り妙に感心しました。
12 6月

ベートーベン ピアノソナタ第30番 メジューエワ

170612ベートーベン ピアノソナタ 第30番 ホ長調 作品109

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2009年1,5,6,11,12月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 昨日は実父の命日が近付いたので前倒しで墓地へ行きました。仏事は前倒しはけっこうでもその日が過ぎてから行うのは良くないらしいときき、ちょっと掃除して献花、線香をそなえるだけなので別に後日でも良いと思いつつ、やっぱり前日にしました。もう九年も経った実感がしないけれど健康診断の検査票の数値(外見もそうだけど自覚は薄い)は着実に老齢化をしめしています。

 先日に引き続いてメジューエワがセッション録音したベートーベンのピアノソナタから、6月9日の京都コンサートホールでの公演プログラムにあった第30番です。九年と言えばこのCDと先日のリサイタルの間と同じくらいの間隔になるわけで、やっぱり相当時間が経ったのを実感します。京響の定期等が行われる大ホールと違い収容人数が510席の小ホールなので座席を見渡し易く、ざっと見たところ頭頂部付近の地肌が露出している人が多いのに気が付きました(いつもより高齢層が目立つ)。これはベートーベンだからなのかメジューエワの熱心なフアン層を反映しているのか、通常のクラシックのコンサートからしても平均年齢が高そうに見えました。

ピアノソナタ第30番ホ長調作品109
第1楽章:Vivace, ma non troppo ホ長調
第2楽章:Prestissimo ホ短調
第3楽章:Andante molto cantabile ed espressivo ホ長調

 ベートーベンの最後の三曲のソナタはちょうど2004~2008年くらいの頃、バックハウスの旧全集をiPodに入れてしばしば聴いていました。当時一番親近を覚えたのが他の二曲程は深刻そうでもない第30番でした。心地良いせせらぎの音のように始まり、これからシューベルトの歌曲が続きそうな冒頭部分が印象的です。パガテルか何かが原型となったらしく、そういえば先日のアンコールがパガテルだったのもそのためかと、帰ってCDの解説等を読んでいて思いました。

 終楽章の後期作品らしい変奏曲でさえ穏やかさをたたえているという印象があったこの作品が、先日のリサイタルではひと際立派で深々と響くように思えて、やっぱり第30番も残りの二曲と同じ時期に連続して作られたものだと実感しました。どうも三つのソナタを続けて聴けたのでそれぞれが引き立って一層感動的だったと、後から振り返ってしみじみ思いました。
 ところでリサイタルの直後、サイン会があって結構長い行列ができていました。並んでいる人もやっぱり年配の層が目立って自分が居た辺りは明らかに後期高齢者に見える夫妻でした。CDかLPを購入した人限定でサイン会に参加できるのでLPを一枚購入しましたが、CDにしようか迷っていたらLPの方がいい音だと助言する声があり、振り向くとこちらもLP世代の紳士でした。
10 6月

ベートーベンのピアノソナタ第27番 メジューエワ

170610ベートーベン ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 作品90

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2007年5,6,9月、2008年2月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 昨日は京都コンサートホール(アンサンブルムラタ)でイリーナ・メジューエワのコンサートがありました。オール・ベートーヴェン、ピアノソナタ第27、30、31、32番というプログラムなので京響4月定期の日にチケットを買っていました。チケットを買った時にこの人はいつ聴いてもムラが無くて素晴らしいから損は無い(本当は誰それの場合は不調の時と好調の時の差が大きいという話だけれどここでは省略)と言ってる人がいて、京都公演の常連も沢山いそうでした。どの曲も素晴らしくて、既にセッション録音されたCDよりも力強く、作品が強烈に印象付けられました。一曲目の第27番がこんな風に強く始まると思っていなく、緩い作品というイメージがあったので驚きました。メジューエワはセッション録音だけでなく、リサイタルのライヴ録音も出しているのであるいは2017年と銘打ってCDが出るかもしれません(2016年はオールショパンなので2017年盤があるなら当日のプログラムと同じ可能性があるか)。

ピアノソナタ第27番 ホ短調 作品90
第1楽章:Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck  ホ短調
第2楽章:Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen  ホ長調

 第27番は1814年に作曲された創作中期の後半の作品であり、楽譜の表記がイタリア語ではなくドイツ語になっています(第1楽章は「速く、そしていつも感情と表情をもって」、第2楽章は「速すぎず、そして十分に歌うように」)。2楽章から成る演奏時間が13~14分くらいの作品なのにどんな旋律だったかすぐには思い出せず、聴けばそういえば何度か聴いていると思う、個人的にはそれくらいの印象度でした。第28番の2年前、第26番「告別」から4年以上経って手掛けたピアノソナタということで、後期の作品群に近づいた作風とも評されています。昨夜のように最後の三つのソナタと併せて聴くとなるほどと思います。

 第1楽章は主和音の打撃で開始する(強い打撃という解説もある)となっていますが、この録音も含めてエロイカとか運命のような打撃ではないと思っていたので昨夜の公演で印象が変わりました。このCDは約12年前、干支が一回りする程前なので色々変わっていて当たり前ながら、ちょっと驚いてアニー・フィッシャーの強烈な打撃を思い出しました。 

 それにしても昨夜は一曲目からどうも拍手がフライング的なのが気になりましたが、最後の第32番はとうとうまだ演奏が終わらない内から拍手する人もあって残念でした(そんなに紛らわしい終わり方か?)。こういうプログラムなら、特に完全に音が消えるまで待ってほしいと思うのはそんなにわがままじゃないと思いますがオーケストラ公演以上にフライング気味でした。そんな調子だったのにアンコールまであり、これも驚きでした。セロ弾きのゴーシュの楽長が「こういう大物の後には何をやってもこっちが気のすむようにいかない」と言ってアンコールをしぶっているので、ピアノソナタの第30-31番の三曲もそれくらいの内容と言えるので、終演後ホールを出てから感心している人の声がきこえてきました。
6 12月

ベートーベンのピアノソナタ第32番 ケンプ/1951年

161206aベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111

ヴィルヘルム・ケンプ:ピアノ

(1951年9月20日 ハノーバー,ベートーベンザール 録音 DG)

 往年の名車をリストアするなりして今でも運転する、趣味的にではなくて実用的に乗るという人も中にはあるはずで、いつだったかスバルのアルシオーネが横の車線をすり抜けて行くのを見たことがありました。自分がかつて乗っていたファミリアの1300セダンと違って(さんざん世話になったのにごめん)アルシオーネは現代でも刺激的な外観に見えて、今でも中古が流通しているのだろうかと思いました。そのほか、ぺったんこの低い車高とけたたましい爆音がコインパーキングからきこえると思ったら、ロータスのエリートかエスプリか何かのスポーツカーが駐車しようとしているところで、今でも走っていたのかと驚きました。そこまでの車種じゃなくても、古い車種を整備して乗り続けるにはよっぽど車好きじゃなければとてもやってられないと、真夏にエアコンも付いてなさそうなそれを見ていた時を思い出します。

161206b ドイツ出身のピアニストの一人ケンプ(Wilhelm Kempff 1895年11月25日 - 1991年5月23日)はクレンペラーより約10年後に生まれて、18年長く生きています。今では古い世代のピアニストとしてやや記憶があせ気味かもしれません(世代によっては)。ケンプは第二次大戦前に既に来日していて、そのSPレコードの時代にベートーベンのピアノソナタを録音していました(全曲録音には至らなかったか?)。今回の録音はケンプ1950年代に完成したベートーベン、ピアノソナタ全集の中の一曲で、同じ日に第30番、31番、32番を録音しました。彼は元々はピアニストが本業ではなく、作曲家としても知られていたようでした。第二次大戦後はナチスとの関係が問題視されて公演ができない時期もありました。この録音も含むモノラル期のベートーベン全集は演奏活動が解禁された直後くらいにあたります。

 このように解説等で触れられるプロフィールを載せているものの、実はケンプについてそれ程よく知っているわけでもなく、ごく一部しか録音を聴いたことがありません。独奏曲ならばステレオ録音になった、CD化されている晩年期のものがほとんどでした。 今回あらためて第32番を聴いていると、あまりにすっきり、というかこじんまりして聴こえるのに戸惑うくらいで、会見を開くような公的な発言と違って私邸の庭で独り言をもらしているような、不思議な感覚でした。古い録音だからということもあるはずですが、ベートーベン最後のピアノソナタの第32番なら、もう少し力がこもって演奏中の息継ぎなり気合の声なんかが混じっていてもよさそうですが、これにはそんな気配もありません。

 そんな風な演奏なのに妙に一体感があって聴いていて惹きつけられて、全然集中がそれない演奏でした。というのは、10月頃に同じ第32番をアンドラーシュ・シフの今世紀に入ってからの録音で何度か聴いていても、 以前に聴いた時よりも印象が薄くなって特にコメントすることがないかと思ってそのままになっていました(はじめてシフのベートーベンの後期ソナタを聴いた時は第32番もなかなか良さそうだと思ったおぼえがあります)。ケンプのベートーベンならモノラルの全集よりも1960年代にステレオ録音された方が有名ですが、旧録音も注目だと思いました(全部聴いたわけじゃないけれど)。
5 10月

ベートーベンのピアノソナタ第29番 アンドラーシュ・シフ

151005bベートーベン ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」

アンドラーシュ=シフ:ピアノ

(2006年5月21日 チューリヒ・トーンハレ 録音 Ecm)

ピアノソナタ 第29番 変ロ長調 作品106
第1楽章 Allegro
第2楽章 Scherzo;Assai Vivace
第3楽章 Adagio Sostenuto
第4楽章 Largo-allegro Risoluto


151005a これも先日のピアノソナタ第31番に続いてアンドラーシュ・シフによるベートーベン全集からの一枚です。このシリーズは2004年3月から2006年9月の間、八回・八集にわたって収録されました。このCDも一回の公演のプログラムで構成されているようで第27、28、29番の三曲が一枚に入っています。シフのベートーベンが出始めて注目された頃は、クラシックのCDはあまり買わなくなっていた頃でしたがこのシリーズは例外とか言い聞かせながらまた昔の習慣に戻っていきました。シフのベートーベンはECMレーベルのおかげか、ピアノの音がすごくきれいで、それだけでも魅力でした。それにシフの演奏が柔軟で既存のベートーベンのソナタに対するイメージとちょっと違っていると思いました。このハンマークラヴィーアも冒頭は思いっきり強い打鍵というイメージがありますが、シフの場合はそうでもなくてびっくり箱を開けた様にならないのが好印象です(むしろこれが普通なのかも)。

 ハンマークラヴィーアのような大作なら演奏時間はあまり違わない、解釈の幅はあまりない、あるいは後期の大作だからこそ解釈がものを言う等、色々考えられ、過去の有名な録音のトラックタイムと列記すると下記のようになります。シフの録音は聴いた第一印象は割とゆったりした演奏というもので、ポリーニとは対照的だと思いました。しかし演奏時間だけを見ればシフの方が短い時間でした。シフの合計時間は古く、タイプが違うと思えるバックハウスに近いもので、これも意外です。

シフ・2006年
①11分06②2分41③15分29④12分50 計42分06

ポリーニ・1977年
①10分46②2分43③17分12④12分20 計43分01
ギレリス・1982年
①12分24②2分53③19分51④13分38 計48分46
バックハウス・1952年
①11分41②2分38③16分31④10分58 計41分48

 アンドラーシュ・シフ(Schiff András 1953年12月21日 - )がこのベートーベンのシリーズを始めたのは五十代前半でした。バックハウスやギレリスがこの曲を録音した時よりも若い年代に当ります。順当にいけば、彼のバッハのように将来的にもう一回くらい録音機会がありそうですが、この時点で既に突き抜けたような、もっと年配の人間が演奏しているようにも思えました。
22 9月

ベートーベン ピアノソナタ第31番 アンドラーシュ=シフ

150922aベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110

アンドラーシュ=シフ:ピアノ

(2007年9月23日 ノイマルクト・オーバープファルツ 録音 Ecm)

 時々昭和から平成までのこの国の出来事をたどるTV番組があり(池上モノとか)、オイルショックとかバブルとその崩壊というのは付きものです。自分が勤め出したのはちょうどバブルが崩壊直後でしたが、当時はパーンと何かが割れた音がしたけどどうってことない、その内に万事上向くという安易な気分だったのが妙に懐かしく思い出されます。その頃も昭和史的な番組は今より低い頻度ながらあって、その中で安保粉砕の学生運動とかの映像を観てもほとんど共感を持てず、北米市場で儲けさせてもらってかろうじて息をついているのに、安保が無かったらどうなっているかくらいの意識でした。しかしあの法案が可決した今そういう場面をみると、複雑な気分です。

 ベートーベンの最後の三つのピアノソナタの一つ、第31番は1821年から1822年にかけて(楽譜には1821年12月25日と記されている)作曲されて1822年に出版されました。後期作品ということで弦楽四重奏曲の第12番以降と同じくらいの時期かと思いがち?ですが、弦楽四重奏曲の第12番を作曲した1825年10月よりも三年くらい早く完成していたことになります(ミサ・ソレムニスの完成より少し前くらいの時期)。

ピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110
第1楽章:Moderato cantabile molto espressivo 3/4拍子 変イ長調
第2楽章:Allegro molto 2/4拍子 ヘ短調
第3楽章:Adagio, ma non troppo - Fuga. Allegro, ma non troppo 6/8拍子 変イ長調

150922b アンドラーシュ=シフ(Schiff András 1953年12月21日 - )がベートーベンのピアノソナタを録音している2000年代に入ってからの頃、ドイツでシフのリサイタルが人気でチケットがすぐに売り切れるとか伝わってきました。レコード、CDでは既にバッハ、モーツァルト、シューベルト等を録音していて、それらの演奏を思えばもっともなことだと思いつつ、ベートーベンはどんな具合になるか楽しみでした。分売で一枚ずつ出ているうちに初期作品が特に魅力的でした。それに比べると後期の三曲はやや軽目で、最初に聴いた時は第32番が特に気に入り、その反対に第31番が一番弱い印象でした。それがしばらく間を置いて三曲を聴くと第31番も隅々まで澄み切った演奏で魅力を再発見する心地でした。

シフ/2007年
①6分54②2分17③09分47 計18分58
メジューエワ/2009年
①6分47②2分37③11分53 計21分17

P.ルイス/2007年
①6分36②2分11③10分23 計19分10
オピッツ/2005年
①6分42②2分06③11分30 計20分18


 シフの録音と同じ頃のCDのトラックタイムを並べると上記の通りで、同じ年のP.ルイスと近い合計時間でした。三つの楽章の内で最終楽章で差が出る傾向で、シフはこの楽章で短めになっています。第三楽章はKlagender Gesang(嘆きの歌)とそれと対照的な3声のフーガが入れ替わりながらフーガで天に翔け昇るように終わる変化に富む内容なので、演奏時間が長くなっても不思議じゃないはずです。初めてシフの録音を聴いた時はその第三楽章が軽いというか、深刻さが足りない印象で肩透かし感がありました。それは楽譜に注記された「嘆きの歌」に加えて“ Ermattet, klagend(疲れ果て、嘆きつつ)とか、 Poi a poi di nuovo vivente(次第に元気を取り戻しながら) という言葉に釣られるというか、それに沿った内容をつい期待するからです。改めてそんなプラスアルファな文学的要素を横に置いて音符に集中すると(我々素人にはけっこう難しい)、また違った感じ方になるものだと思いました。
15 3月

ベートーベンのピアノソナタ第3番 メジューエワ

ベートーベン ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 作品2の3

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2007年11月、2008年4,6,7月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 先月は忙しくて体調が悪かったことを言い訳に墓地へ行っていなかったので彼岸に入る前の今日、久しぶりに移転させた先祖代々の墓所へ行ってきました。寒の戻りがゆるんで大木の枝の方から鶯の鳴き声が聞こえてきました。周りの家の梅は満開になっていて絵に描いたような春の兆しです。それと確定申告の期限が明日なのでやっと提出書類を準備できましたが、持参する手間があるので来年からはイー・タックスにしようと思います。そんな春の気配のため、しばらく続けてきたブルックナーは一旦中断して、ベートーベンの初期のピアノ・ソナタです。

 このCDはイリーナ・メジューワのベートーベンのピアノ・ソナタ全曲録音の第二弾で、ソナタの第3、19、8、5、20、9、21番とアレグレットWoO53がCD二枚組に収録されています。日本を拠点に活動する彼女は32歳になったらベートーベンの32曲のピアノソナタに挑戦したいと考えていたそうで、
実際にその年齢で開始したかどうか未確認ながら(仮にそうだったらそろそろ大台)2007年5月から録音を開始し、2009年12月に完結させています。

150315 ピアノやエレクトーンを習ったこともないのでピアノ曲は他のジャンル以上にどうこう言う術はありませんが、メジューエワのCDはベートーベンだけでなくショパンやリスト、シューベルト等とても魅力的です。元々彼女のベートーベンを聴いてみようと思ったのはピアノ・ソナタ第22番を新しい録音で聴きたいと思い、ちょうど女流のアニー・フィッシャーのベートーベンが素晴らしかったので何となくメジューエワに関心がいきました。それと短い、変則的な第22番を真剣に演奏しそうだという期待もありました。その期待に違わず、このアルバムの第3番も溌剌としながら端正で素晴らしいと思いました。なお、CDパッケージ写真の作品は恥ずかしながら向きがよく分からないので、アルファベットの文字が読める向きに合わせました。

ピアノソナタ 第3番 ハ長調 Op.2-3
第1楽章 Allegro con brio
第2楽章 Adagio
第3楽章 Schrzo,Allegro
第4楽章 Allegro assai


 ピアノ・ソナタ作品2の3は第一楽章が特に記憶に残り、どのピアノ・ソナタだったのかは忘れても旋律だけは時々頭のなかで流れてきたりします。別段春にまつわる愛称やエピソードはありませんが、前半楽章を聴いていると早春の風のような心地よさを感じます。この曲はピアノ・ソナタ第1番、第2番と共に1795年に出版されてハイドンに献呈され、作曲時期は前年の1794年くらいからとされています。これら作品2の三曲はどれも四楽章構成で、第2番において初めてピアノソ・ナタにスケルツォ楽章が取り入れられました。また、第3番の第一楽章は協奏曲のカデンツァのような部分があるのも特徴です。
14 1月

ベートーベン ピアノ・ソナタ第29番 メジューエワ

150114aベートーベン ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」


イリーナ・メジューエワ:ピアノ


(2008年12月, 2009年1,3,4,5月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

150114b 日本を拠点に活動しているロシア(旧ソ連)生まれのピアニスト、イリーナ・メジューエワは、現在京都市立芸術大学の専任講師も務めていいます。アラ・フォーというか今年あたり大台にのりそうですが、既にベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音しています。それだけでなく、シューベルト、ショパン、リストも録音していて特にショパンのピアノ・ソナタ第3番やリストの作品集は個人的に気に入っています。いつだったか、京都市市役所の北館の前の通を彼女が歩いて来るのとすれ違ったことがありましたが、市立芸大の講師に就任していたのは知りませんでした(何故こんなところを歩いてらしゃる?と思いつつすれ違い、通り過ぎました)。芸大はJR京都駅近くへ移転する予定なので、その頃に在任だったら芸大でも演奏を聴くことが出来るかもしれません。

 メジューエワは京都コンサートホールで何度も公演していますがそれには行ったことがなく、生で聴いたのは楽器店(CD店でもある)のミニコンサートだけでした。その時は小さな会場のリサイタルなのに直前まで練習をしていたのに感心しました。一事が万事なのか、過去記事で取り上げた彼女のベートーベンもそうだったように、どうやら思いっ切り生真面目な人のようです。ただ、演奏自体から受ける印象は優雅さと余裕が感じられて、まじめさがぎこちなく露出する風ではありません。

 そのためハンマークラヴィーアもベートーベンの晩年作品に相応しい落ち着きが感じられ、聴くにつれて洞窟を深々と覗き見るような感動がこみあげてきます。特に第3、4楽章でそうした印象が強くて魅力的でしたが、第1楽章の冒頭なんかも上品でびっくり箱を開けたようにならず素晴らしいと思いました。このCDは二枚組で、一枚目には第7、15、17番が、二枚目にこの第29番と第32番が収録されています。どれも良いなあと思いつつ、第29番が際立っているようだったのでとりあえず今回は第29番にしました。

 ところで昨日載せていたセミヨン・ビシュコフの言葉、「ベートーベンが本質的にフィジカルな面に訴えてくるとしたら、ショスタコーヴィチはメンタルな作曲家です」、についてベートーベンの32曲あるピアノ・ソナタはどう関係してくるだろうかと思います。もっともビシュコフはショスタコーヴィチについて話したのだから特にベートーベンについて細かく解説したわけではありません。ただ、ハンマークラヴィアー・ソナタも突き詰めて演奏されると、大曲、難曲の威容だけではなく、何事かが見えてきそうです。

24 12月

ベートーベン ハンマークラヴィーア ポリーニ・1977年

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィーア」


マウリツィオ・ポリーニ:ピアノ


(1977年1月 ウィーン,ムジークフェライン大ホール 録音 DG)

141224 祝日明けの今日、大通りを外れると何となくもう年末の休暇モードに入ったようで年賀状の束を持って歩いている人を見かけました。東京ではクリスマス粉砕を掲げたデモがあったそうですが、あいかわらずクリスマスは健在で、いなりずしのパックにもクリスマスツリーの図柄がプリントされていました。今回はクリスマスとは別段関係の無いベートーベンのピアノソナタのCDです。今年になってポリーニがベートーベンのピアノソナタの全曲録音を完結させて話題になりました。開始から30年以上かかった、かけたことは今さらながら驚きます。そのベートーベンのピアノソナタ録音の初期に取り組んだのが後期作品で、今回のハンマークラヴィーアもその一連の録音の一部でした。

ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 Op.106
第1楽章:Allegro
第2楽章:Scherzo-Assai vivace
第3楽章:Adagio sostenuto
第4楽章:Largo-Allegro risoluto


 そういう時期の録音だったので自分が中学生の頃には既にLPが出回っていました。ショパンコンクールで優勝した時は審査員らが我々より巧いとうなった程で、さらにそれから十年近く研鑽を積んでの録音なのでかなり絶賛だったと思います。しかしこれをFM放送で何度か聴いた際はあまりピンと来ないというか退屈に思え、そもそもベートーベンの晩年の作品を聴くには早かったのだと言い聞かせていました。その後CD化された時も第31番とかはあまり印象が変わりませんでした。

ポリーニ
①10分46②2分43③17分12④12分20 計43分01

ギレリス・1982年
①12分24②2分53③19分51④13分38 計48分46
バックハウス・1952年
①11分41②2分38③16分31④10分58 計41分48

 去る9月29日に同じくハンクラヴィーアのギレリス晩年の録音で取り上げた時、その前にこのポリーニのCDも車中で聴いていました。その際には却ってギレリスの方が無性に慕わしく思えてそちらを先にしていました。ピアノもエレクトーンも習ったことはなく、ピアニカで悪戦苦闘していたので演奏の具体的なことは分かりません。ただ、演奏時間・トラックタイムを比べると合計で5分以上の差が出ています。ヒトラーもフアンだったというバックハウスの旧録音がむしろポリーニの演奏時間に近似しています。

 ベートーベンの晩年の作品は解釈によって演奏の印象がより左右されるので、テクニックとそれプラスのものが重要というのは素人の聴き手がおぼろげに頭に入れている理屈ではないかと思います。また、ハンマークラヴィーアは後期作品の中でもそれ以前の壮年期・上り調子な頃の要素も多く兼ね備えている大作です。この辺の兼ね合いはどうなんだろうと思いながら今回のポリーニのCDをちょくちょく聴いていました。完結したピアノソナタ全曲の中には録音し直した曲もあるので、第29番も現在のポリーニが弾けばどうなるだろうかと思います。

1 12月

ベートーベンのピアノソナタ第32番 ゲルバー

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 Op.111


ブルーノ=レオナルド・ゲルバー:ピアノ


(1989年12月4,5日 オランダ,ライデン,スタッツヘホールザール 録音 DENON)

141201 衆議院選挙の告示を翌日に控えた今日は早くも決起集会が行われていました。まだ自分が選挙権を持たなかった頃から兄の代役(知的な障がい者であり、勤め先の従業員が半自動的に後援会員になるらしい)で集会やら出陣式に出ていました(座って聞いているだけだが)。その時亡き父も当然同席し、受付兄の名を書かせ、さらに代理として私の名も併記させられました。当時はそういうまとわりつくような記名方が大嫌いだったのも思い出します(おっさの年齢になればどうでもいいことだと思える)。そんな今日の朝、車内でFMを付けると「きらクラ!」の再放送が流れて「ベートーベン祭り」の企画だったのを思い出しました。ベートーベンの親友がベートーベンに送った手紙のBGM選手権では、自分はピアノソナタ第32番を内心推していましたが、候補にも挙がっていませんでした。

 ベートーベンの最後のピアノソナタ、作品111は1822年1月13日に完成されました。ミサ・ソレムニスとも創作時期が重なり、弦楽四重奏曲の後期作品に先立つものでした。二楽章から構成され、後期作品の特徴である独特の対位法、変奏による様式です。デノンのCDは下記のようなトラックの内部にさらにインデックスが付いていました。初めて買ったCDプレーヤーがDENONのエントリーモデル(1989年頃、5万弱・値引き後)でしたが、インデックス機能が付いていたのでインバルのマーラーで試したのを覚えています。最近はこの機能が付いているのかいないのか分からなくなっていて、量販店の店頭できいても分からない場合も少なくありません。

 ゲルバーのもっと若い頃の演奏、ブラームスのピアノ協奏曲(第1番・1966年、第2番・1973年)のような強靭で奔放なベートーベンを想像して聴きはじめると、そうした演奏とは対照的で派手な演奏効果はのぞまずに、ひたすら自分自身に問いかけているかのような厳粛な雰囲気です(ギレリスの晩年のベートーベンとちょっと似ているか)。

ベートーベン ピアノソナタ 第32番 ハ短調 作品111
第1楽章:Maestoso - Allegro con brio ed appassionato

①序奏部
②第1主題(第19小節~)
③第2主題(第50小節~)
④第1主題動機によるコデッタ(第55小節の最後~)
⑤=②
⑥=③
⑦展開部(第70小節~)
⑧第2主題発見(第116小節~)
⑨第1主題再現(第135小節~)
⑩コーダ(第150小節~)
第2楽章 Arietta. Adagio molto, semplice e cantabile

①主題
②第1変奏(第16節後半~)
③第2変奏(第32節後半~)
④第3変奏(第48節後半~)
⑤第4変奏(第65節後半~)
⑥第5変奏(第106節~)
⑦第6変奏(第130小節第3拍~)
⑧コーダ(第160節~)


 ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(1941年5月19~)が初来日したのは1968年と古く、27歳の年でした。ルゼンチンで生まれ、19歳でパリに留学してロン・ティヴォーに師事ました。コンクールの方は1961年のロン・ティヴォー国際で三位に入賞し、それから演奏活動を始めました。レコードでは来日前の1966年に録音したブラームスのピアノ協奏曲第1番が評判になりました。そのゲルバーが1980年代からDENONへベートーベンのピアノソナタの録音を開始し、結構評判になっていました。けっこうどころからフランスではADFディスク大賞も得ていました。国内盤新譜当時から気になっていながら高価だったので、全集が完成してから購入しようとかせこい考えでいる内に未完成のままになっています。解説によるとゲルバーは非常に気難しい性格なので、なかなか録音が進まなかったとありました。後期作品の作品109(第30番)、作品110(第31番)は何とか録音してほしいところです。

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昭和40年代生まれ、オットー=クレンペラーの大フアンです。クレンペラーが録音を残したジャンルに加え、教会音楽、歌曲、オペラが好きなレパートリーです。

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