カール・ベーム 指揮
フィガロ:ヴァルター・ベリー
ベームのフィガロと言えばベルリン・ドイツオペラとのDG盤が特に有名で、その他にも最晩年のウィーン国立歌劇場引っ越し来日公演やその五年前の映像ソフト、1963年日生劇場公演等もありました。それ以前では1938年のシュトゥットガルト、今回の1956年ウィーン交響楽団とのFHILIPS盤があります。このフィリップスの全曲盤はCD化されたことはあるものの「フィガロの結婚」の代表的なレコードのような扱われ方はされず、ベームの録音としてもスルーされがちのようでした。しかし、歌手も揃っていて同時期の全曲盤にひけをとらないキャスティングです。フィガロのベリー(Walter Berry 1929年4月8日 - 2000年10月27日)、ケルビーノのルートヴィヒ(Christa Ludwig 1928年3月16日 - 2021年4月24日)は当時まだ二十代ですが見事な歌唱で、特に後者のケルビーノは目立っています。ルートヴィヒはこんな声だったかと一瞬思うくらいで、実年齢より十年くらい若く聴こえ、E.クライバー、ウィーン・フィル盤のシュザンヌ・ダンゴに肉薄する程の魅力です。一方フィガロのベリーも若々しい声でこれくらい優男なフィガロは他にあったかと軽く驚きました。
なお、ベリーとルートヴィヒは翌1957年に結婚して約三年後に離婚していました。ということはクレンペラーのフィデリオや魔笛のEMI盤の頃は既に離婚していて共演したということになり、私生活とは別だとしても気まずくはなかったのだろうかと思います。スザンナのシュトライヒ(Rita Streich 1920年12月18日-1987年3月20日)、伯爵夫人のユリナッチ(Sena Jurinac 1921年10月24日 - 2011年11月22日)、アルマヴィーヴァ伯爵のシェフラー(Paul Schöffler 1897年9月15日-1977年11月22日)も素晴らしくて、イタリア語の発声がどうなのかは分かりませんが、ロココの貴族世界の雰囲気が漂い魅力的です。それにセッコ部分のチェンバロが適度に軽快で心地よくきこえます。
オーケストラの方も序曲から溌剌として良い流れですが、声楽と比べて音質の方が今一つで、何となく後ろに引っ込んだような感じです。同時期のウィーン・フィル盤(E.クライバー)が古い割に細部までよく聴こえるような鮮やかさだったので、こちらのウィーン・シンフォニカの方は少々残念です。特に第一幕がそういう印象で、第二幕の半ばあたりからそれほど気にならなくなりますが、それでも声楽の方が大きくきこえます。あまり評判にならなかったのはこの点と、フィガロとケルビーノが当時はまだ若手だったことが影響しているかもしれません。
モーツァルト生誕200年のメモリアル年だった1956年前後には各レーベルがそれに合わせてモーツァルトのオペラのレコードを制作、発売しました。DECCAからはエーリヒ・クライバーのフィガロ、ヨゼフ・クリップスのドン・ジョヴァンニがそれぞれウィーン・フィルと全曲録音し、その企画・シリーズでベームはコジ・ファン・トゥッテと魔笛を受け持ちました。一方でフィリップスの企画で録音したフィガロ全曲盤が今回のベーム盤でした。購入できたのは再発売のレコードのようですが、ステレオ版としては最初の発売かもしれません(ややこしい)。当時はステレオ版が発売されて間もない頃なのでモノラルの方がまだ信頼性が高く、機器もモノラルにしか対応していないものが普及していたようです。