クルトー・マズア 指揮
一昨年の2月、日本も新型コロナの感染者が出はじめたた頃、自分もちょっと風邪の症状が出たのでいよいよかと思ったものでした。しかしそれ以来全く風邪にかかっていなくて二年近く経ちました。ふと気が付くとメンタル面で何をするのも億劫なという退行的な気分が隅々まで染み入ったるような妙な気分になっています。旅行なんか終生行かないんじゃないかという面倒くさい気分で、日本国内でも東日本は葛飾までしか行ったことがないのに、この分では東北、北海道も行かず終いでいいかなと思ったところでした。先日六角精児が出演する鉄道系の番組で音威子府駅の蕎麦屋が出て来て、一瞬だけ出かけようという気力が復活したことがありました(それからカチャカポコナも気になり・・・)。
クルト・マズアとライプチヒゲヴァントハウス管弦楽団によるベートーヴェン・チクルスが新たに始まるという情報が出た時、何となく期待をもって読んだ覚えがあります。当時ベートーヴェンの交響曲はサヴァリッシュはコンセルトヘボウでヨーロッパのオケだけれど、ドホナーニ、ムーティ、ショルティと軒並みアメリカのオケでベートーヴェンをレコーディングし出して寂しい(東洋人のくせに妙なことを言う)思いをしていました。ドレスデンはブロムシュテットやコリン・デイヴィスだったので、ドイツ語圏の指揮者でドイツのオーケストラを指揮して堂々と、盛大に鳴らすベートーヴェンは無いものかと勝手に思っていました。
これは中古で購入した国内盤CDでフィリップスのマークが付いた妙に懐かしいデザインです。旧録音の第8番がどんな感じだったかよく覚えていませんが、今回の第8番は他の交響曲と同一路線というのか、第8番だけ裏路地の一軒という特別扱いでなくて堂々とした内容になっています。と言いてもカップリングの第3番の意外な程の簡素さを先に聴いたから、第8番もさぞと思ったから、それほどでもなかったという予断もありました(今回はあえてトラックタイムは列記しない)。
マズアの二度目のベートーヴェン・チクルスは、使用楽譜が従来の「ブライトコップ&ヘルテル版」に代えて当時最新の「新ペータース版(第5番がペーター・ギュルケ、他の八曲はペーター・ハウシルトが校訂)」を採用して演奏したことで話題になっていました。その点について付属冊子にも載っています。ブライトコップ版でスタッカート(・)と記されているものの大半が新ペータース版では「垂点( I )」になり、スタッカートよりも鋭く、又は短く演奏される(作曲者自身がそのように区別していたという)べきとなっています。その結果第5~7番では違いが目立つようですが、少なくとも第8番はあまり変化が無いようで、それは上記の感想と重なります。第8番はメンゲルベルクの古い録音とクレンペラーのEMI盤が印象に残っているので、今回これを聴いてもそれらを打ち消すほどのインパクトはありませんでした。ただ、これが新譜で出る頃のことがちょっと思い出されました。