レナード・スラットキン 指揮
祝福された乙女:イヴォンヌ・ケニー(S)
エルガー(Sir Edward William Elgar 1857年6月2日 - 1934年2月23日)作曲のオラトリオ「The Kingdom(神の国)」は、ペンテコステ・聖霊降臨を扱った数少ない近、現代の声楽作品です。ペンテコステはキリスト教界においては「教会(建造物の教会堂ではなく信徒の群れという意味での教会)の誕生日」として位置付けられます。新約聖書の四つの福音書に続く「使徒行録」の中に記事があり、使徒達が集まっているところイエズスの預言通り聖霊がやってきて、それまでユダヤ教の指導者やらの目をはばかって隠れるように行動していたペトロらが、それを境に大胆に宣教の行動を始めたという転機の出来事でした。クリスマス、イースターに並ぶ大祝日にもかかわらずこれを題材にした、真正面から扱った作品はあまりありません。エルガーのオラトリオ、「ゲロンティアスの夢」、「使徒たち」と並ぶ大作なのでゲロンティアス程ではないもののボールトやヒコックスらが全曲録音していました。このCDはアメリカの作品の他イギリス音楽もれぱートリーにしてエルガーやヴォーン・ウィリアムズの交響曲等を録音しているレナード・スラットキン(Leonard Slatkin, 1944年9月1日 - )が1987年に録音したものです。「神の国」を単独で録音したのか、ゲロンティアスらも連続録音したのか未確認です。
音楽の方も歌詞内容にふさわしいもので、例えばバッハのマタイ受難曲でキリストのセリフの箇所には後光というのか光背と呼ぶのか、記者や他の人物のパートと区別して聴き分けられる独特の通奏低音が付いていますが、「使徒たち」や「神の国」の音楽は全体にそういう香気を帯びたような味わいがあります。原因があってその因果関係によって結果があるという出来事を劇的にあらわすというより、時季が来ると芽吹いて開花するような自然な流れ、溢れてこぼれ落ちるような恩寵を音楽にするというのは難しいものだと思いますがそんな方向性の作品なのだと思います。
歌詞を見ながら聴いていると、聖母マリア(祝福された乙女)とマグダラのマリアの二重唱という大胆な構成があったり、聖ペトロのパートがペトロ自身の言葉として記録されたものではなく、イエズスがペトロに言った「あなたが立ち直ったとき、兄弟たちを力づけてやりなさい」という言葉も含み、それをペトロが歌うという箇所があって感慨深いものがありました。ルカ福音書の第22章32節以下が出典で、「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った」に続く言葉なので、聖霊降臨の場面でこれが引用されるのは効果的です。
スラットキンと言えば1980年代だったか、セントルイス交響楽団を率いて初(?)来日の際にラジオでかなりプッシュされていたのを少し覚えています。その後ヴォーン・ウィリアムズの交響曲を第3~5番を聴いたくらいなので、どういうスタイルの演奏なのかよくわかっていませんでした。しかしこの「神の国」は魅力的であり、二年後に録音したヒコックスの全曲盤に負けない出来だと思いました。