raimund

新・今でもしぶとく聴いてます

指:ブロムシュテット

6 11月

ブルックナー交響曲第4番 ブロムシュテット、SKD/1981年

161106bブルックナー 交響曲 第4番 変ホ長調 WAB.104 「ロマンティック」 (1878-1880年第2稿ハース版)

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
シュターツカペレ・ドレスデン

(1981年9月7日-11日 ドレスデン,ルカ教会 録音 DENON)

 先日の未完成交響曲の際にドレスデン時代のブロムシュテットのCDはシューベルトの他に持ってないと書いたしりから何か他にもあったはずだとすっきりしない気がしていました。しばらくしてブルックナーがあったじゃないかと思い出し、しかも第7番は過去記事で扱っていました。昨日の京都公演の記憶が薄まらない間に今回は残るブルックナー第4番を扱うことにしました。ちなみに今秋のバンベルクSOのアジアツアーの曲目は、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲と交響曲第5番の他には未完成交響曲、ブルックナーの第7番、ベートーベンの田園、モーツァルトの交響曲第34番でした。どれも聴いてみたいところですが、関西は京都の1回のみの公演でした。

~ ブロムシュテットのブルックナー第4番
1981年・ドレスデン
①18分23②16分30③10分51④21分06 計66分50
1993年・サンフランシスコ
①18分56②15分58③10分32④21分43 計67分09 
2010年・ライプチヒ(ノヴァーク版)
①18分59②15分04③11分11④21分03 計66分17 

161106a ブロムシュテットはブルックナーの交響曲第4番を三度録音していて、今回のものが初回録音にあたります。改めて聴いていると極度に威圧的だったり咆哮するような金管が目立つという風でなくて、何となく終始風流で、こじんまりした山荘か草庵に座っている心地に似ています。ライナーノートによると同コンビはこの録音の約二カ月前に来日して東京で同じ曲を演奏しています。実際に生で聴くのとは別だとしても、東京公演の「派手でうるさい」ような欠点が無くなっていると評されていますが、(その東京公演は聴いてないけれど)なるほどと思いました。特に第2楽章が魅力的で、第4番を聴いていると時々長いと思ってしまうのに(聴き手側に問題があるのだけれど)、今回はしみじみと感じ入りながら湯にでも浸かった感じで聴けました。

 最近のブロムシュテットの指揮した演奏はドレスデン時代とかなり変わったかと想像していましたが、昨日のベートーベンを聴いた印象からも宗旨替えする程の激変ではなく、基本的には変わっていないのではないかと、あいまいながら思いました。このブルックナー第4番は三種の録音間で合計演奏時間が大きくは変わってなくて、初回録音を聴いていても通常言われる年齢とともに深化して云々という落差も特に感じませんでした(三度め録音の回に何と書いたか忘れたが)。

 あと、稿・版についてですが、近年流行りの初期稿ではなくて広く普及している第2稿で演奏しています。第4番は初期稿と第2稿の違いは大きくて、半分は別物くらいの改訂ぶりです。そして版についてはCD付属冊子の表記はノヴァーク版ですが、 abruckner . com のディスコグラフィの分類上はハース版になっているのでそれにならいました。ブロムシュテットは第7番の場合でもノヴァーク版と言いながら部分的に違っていたり、独特のやり方なので今回の第4番もよくわかりません。
3 11月

シューベルトの未完成交響曲 ブロムシュテット、SKD

161103シューベルト 交響曲 第7(8)番 ロ短調 D.759「未完成」

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
シュターツカペレ・ドレスデン

(1978年2月23,24日 ドレスデン,ルカ教会 録音 徳間/Deutsche Schallplatten)

 昭和50年代のスーパーカー・ブームの頃に「サーキットの狼」という漫画が流行りました。いきなり何かと言えば欅坂46の衣装の件についで、ナチ絡みで問題視されたのは過去に何度もあったのに迂闊ではないかと思い、昔は国際的に情報が伝わり難かったこともあってサーキットの狼は特に問題にならなかったと思い出していました。主人公のライバル、早瀬左近は暴走族「ナチス軍(オイオイ)」の首領であり、車には鍵十字のマークがデカデカと描いてありました。キン肉マンがヨーロッパで放映された時にはブロッケンマンとかブロッケンジュニアにクレームが付いたので、サーキットの狼もアニメ化されてたらまずかったことでしょう。

 さて、このブロムシュテットのシューベルトはもう今から38年も前の録音になり、演奏も現在のスタイルとは変わっているこでしょう。ヘルベルト・ブロムシュテットも89歳と高齢なので引退を宣言してもおかしくなく、公演を生で聴く機会は無くなるかもしれず明後日の京都公演を急きょ聴きに行くことにしました。ベートーベンのヴァイオリン協奏曲と運命というコテコテの有名作品ながら、前者は生で聴いたことがなかったのでちょうど良い機会です。既に始まっている来日公演のレビューを見ると対向配置とノン・ヴィヴラートでかなり好評のようでした。ブロムシュテットのシュターツカペレ・ドレスデン時代の録音はシューベルトしか持っていなくて、ベートーベンはFMとテレビでしか聴いたことがありませんが、どんな演奏だったかあまり覚えていません。

 このシューベルトの未完成はなかなか線が太いというか勇壮で自分の好みに合い、かつて聴いていた時よりもいっそう鮮烈な印象です(自分の中ではこういう演奏はザ・グレートよりも未完成の方が好き)。これならベートーベンも良さそうだと思いました。ただ、未完成交響曲に対する趣向、流行りを思い返すとブロムシュテットのものが特別に好評だったようでもなく、むしろベートーベンの方が注目されていたかもしれません。 それにしても写真のブロムシュテットは見かけはたいして今と変わらないようでもやっぱり若くて、年月の流れを痛切に感じます。

 ところで「~の 毒舌な妹BOT」というのがいっぱいあって、どれもロクなつぶやきがないと思ってると、シューベルトの交響曲について「いつまで未完成を第8番、グレイトを第9番だと思ってるの?」というのがありました。別にそれが正しいとは思ってないけど、たしかに適切な表記じゃないなとウザさ半分に思いました。ところで「サーキットの狼」の早瀬左近に妹がいて、彼女もレディス暴走族のリーダーでした。兄妹して族の頭とは早瀬電機のオーナー社長という設定の親が泣くぞと思って読んでいました。
25 2月

ブルックナー交響曲第4番 ブロムシュテット、ライプチヒ

150225aブルックナー 交響曲 第4番 変ホ長調 WAB.104 「ロマンティック」(1878-1880年第2稿ノヴァーク版)


ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


(2010年10月 ライプツィヒ,ゲヴァントハウス ライヴ録音 Querstand)

 コンサートなりレコード、CDを聴くフアンと実際にオーケストラの一員として演奏する団員とでは好きな作品、作曲家は違うのだろうと思います。というか聴いて楽しいものと演奏して嬉しいものは全く同じではないと想像できます。関西のオーケストラでは大阪のオケは朝比奈亡き後もブルックナーの初期作品がプログラムに入っていたりしますが、それ以外は第4番、第8番くらいがあればいいところです。もっとも、定期会員らの好みから興行成績の予想をしていることもあるはずです。それとブルックナーの交響曲は演奏していて団員はどんな感じなのだろうかと思います(特に金管奏者の場合は面白くないかもしれないとか時々想像します)。

150225b ブロムシュテットとライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のブルックナーは今回で全曲を取り上げたことになり、それ以前にブロムシュテットの年齢を考えれば全曲録音が完結できてよかったと思います。第4番はこれ以前にも二度録音していて、特にドレスデン・シュターツカペレとの録音は第7番共々ロング・セラーの定番になっています。今回はその時から30年近く経てのライヴ録音になり、演奏が終わり残響も消えた頃に歓声と拍手が起こる様子も収録されています。熱狂的といった風ではなくて、音が消えても余韻というよりまだ作品の世界に浸っているところを少数の歓声によって我に返り、思い出したように拍手をし出すといったところかもしれません。終楽章のコーダ部分は壮大に盛り上がりながらも清澄で、陶酔とは遠い世界が印象的です。これがブロムシュテットのブルックナーの特徴だろうと思います。

 この曲を前回取り上げた際はヨッフムとドレスデン・シュターツカペレの全集盤でした。ヨッフムのブルックナーと比べるとブロムシュテットはほとんど色が付いていない、炉から取り出された直後の金属のようだと思います。この印象は新しい録音程鮮明な気がして、ブロムシュテットのブルックナーは老いても枯れた趣はあまり無いようです。これは音質の変化も影響していると思います(1981年もデジタル録音だったが)。

2010年・ライプチヒ(ノヴァーク版)
①18分59②15分04③11分11④21分03 計66分17
1993年・サンフランシスコ
①18分56②15分58③10分32④21分43 計67分09
1981年・ドレスデン
①18分23②16分30③10分51④21分06 計66分50

 ブロムシュテットによる三種の第4番のトラックタイムは上の通りで、合計演奏時間はあまり変わっていません。特に初回と三度目はかなり似ています。また過去二回はハース版、今回のみがノヴァーク版ということですがスコアを見ながら聴いて確認したわけではなく、CDの表記に従っただけです(abruckner.com の分類も同様になっている)。どうも2010年前後くらいからブロムシュテットは第4番ではノヴァーク版を使っているようで、それ以前の演奏はハース版を使っています。

8 10月

ブルックナー交響曲第3番第1稿 ブロムシュテット、LGO

141008aブルックナー交響曲 第3番 ニ短調 WAB.103 ( 1873年第1稿・ノヴァーク版 ) 


ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


(2010年5月 ライプツィヒ,ゲヴァントハウス ライヴ録音 Querstand)

 今週の月曜が十三夜だったと済んでから知り、昨夜は台風も通り過ぎたので晴れた夜空に満月が大きく見えていました。ちょうど京都市内の東西の通りを車で走っていると正面に月が見え、今日は月が欠けて行くのが見えました。途中でラジオを付けてノーベル化学賞に期待したところ、昨日の物理学賞のことしか言っていませんでした。完全に月が隠れるまでに自宅に着き、あとは文学賞に期待することにしました(選考基準はどうなってるのかよく分からないが)。

ブロムシュテット(2010年)
①23分06②16分52③6分47④16分21 計63分06

ボッシュ(2006年)
①24分22②18分26③6分18④18分32 計67分40
ヤング(2006年)
①25分26②19分20③6分40④17分09 計68分35
ティントナー(1998年)
①30分34②20分37③6分47④19分22 計77分20


141008b 昨夜に続いてブルックナーの交響曲四部作説に従って第3番の初期稿です。ブロムシュテットの再録音は過去に取り上げた初期稿の第3番の中では一番短い演奏時間になりました。ライヴ録音のため、演奏終了後の拍手も入っていますが記載された楽章毎の演奏時間には含まれていません。改めてこれを聴いているとかなり素晴らしくて、個人的にあまり好きではない第3番を集中して、楽しんで最後まで聴くことができました。第3、第4番は作曲者が自分の思うように創作したい気持ちと、何とかして交響曲の作曲家として成功したい思いがぶつかってどこか混沌としてまとまりが無いような印象を受けますが、このCDではとても充実していて曇りがない響きです。

 それに初期稿は後の改訂時に削除されるワーグナー作品の引用が目立ちますが、異質なものを無理に移植したという印象は受けず自然な美しさで迫ります(タンホイザー・巡礼主題)。稿が違う録音も含めてこの曲をCD等で聴いてこれだけ率直に感銘を受けたのは初めてです。ライプチヒとの全集の中でも屈指の出来だと思いました。ブロムシュテットはこの録音の十年以上前の1998年に、ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席着任コンサートでも演奏してライヴ録音していました。

第1番:2011年6月16-17日
第2番:2012年3月8-11日
第3番:2010年9月23,24日
第4番:2010年10月7,8日
第5番:2010年5月6-7日
第6番:2008年9月25,26日
第7番:2006年11月23-25日
第8番:2005年7月1日
第9番:2011年11月24-26日

28 3月

ブルックナー交響曲第7番 ブロムシュテット、LGO・2006年

ブルックナー 交響曲 第7番 ホ長調 WAB.107(ハース版)

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(2006年11月23-25日 ライプツィヒ,ゲヴァントハウス大ホール ライヴ 録音  Querstand)

140328a  一昨日の夕刊に左京区の平安神宮のあたりで大きな猪が出没して車と衝突したというニュースが出ていました。平安神宮周辺には改装中の京都会館(平成28年にローム・シアター京都がオープン予定)や観世会館もあって、人通りは多い場所です。だからそこら辺を走っていてまさか猪が出てくるとは思わないはずで、ぶつかられた方はさぞ驚いただろうと思います。十代の頃、観世会館で昼十二時をはさんだ公演を観に行った時、館内で弁当か何かと思ったところ小さな折に入った赤飯くらいしか無くて全く空腹がおさまらず困りました(街まで出てくる猪には同情する)。客席は後期高齢者に相当する世代も多いのでそんなメニューで大丈夫だったのでしょう。

 久しぶりのブルックナーの交響曲です。マーラー、コルンゴルトやシュレーカー、ヴォーン・ウィリアムズを聴いていると、ブルックナーはどうも遠い世界のように感じられます。ブロムシュテットはライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とブルックナーの交響曲チクルスを完成(0番、00番は除く)させました。この第7番はそれの第二弾で、今世紀に入ってから始まった様々なブルックナー・チクルスに注目するきっかけになったCDでもありました。近年N響に客演した時もブロムシュテットはこの曲を取り上げ、ノーヴァーク版を使いつつトライアングルは省くという独自のやり方で演奏していました。このCDはハース版と表記されています。

ライプチヒ(2006年)
①21分32②24分22③10分08④12分42 計68分44

ドレスデン(1980年)
①21分05②24分31③09分37④12分24 計67分37

140328b  上記はブロムシュテットのブルックナー第7番、新旧の録音のトラックタイムです。旧盤の方も何度も再発売されてお馴染みの録音ですが、合計時間は大きくは違いません。ブロムシュテットのブルックナー(ライプチヒとのライヴ録音)は、晩年になっても極端に遅くならずむしろ逆にリズム感のあるものになっています。枯れた老荘系でも重厚壮大系でもないブルックナーです。解説文に「ベートーベンよりもハイドンに遡ったような極めて古典的な造形で押し通すのがブロムシュテット流」と評されているのが成る程と思います。(下記はブロムシュテットとライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のブルックナーシリーズの録音年です。)

第1番:2011年6月16-17日
第2番:2012年3月8-11日
第3番:2010年9月23,24日
第4番:2010年10月7,8日

第5番:2010年5月6-7日
第6番:2008年9月25,26日
第7番:2006年11月23-25日

第8番:2005年7月1日
第9番:2011年11月24-26日

 ブロムシュテットのプロフィールを改めて振り返ると、生まれたのはアメリカ、マサチューセッツ州のスプリングフィールドで、両親は誕生後すぐにスウェーデンに戻っています。ストックホルムとニューヨークで音楽を学び、マルケヴィッチとバーンスタインに師事しました。ブロムシュテットの芸風を考えると二人の師匠とは結びつき難いと思いました。

24 11月

ブルックナー交響曲第7番 ブロムシュテット、ドレスデン

131124a_2ブルックナー 交響曲 第7番 ホ長調 WAB.107(ハース版)

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
ドレスデン・シュターツカペレ

(1980年6月30日-7月3日 ドレスデン,ルカ教会 録音 DENON)

131124c 先日北山通の紫野あたりを走行中、セヴンスデイ・アドヴェンティスト教会の案内表示が目に入りました。こんなところにもあったのかと感心しながら通り過ぎ、ヘルベルト・ブロムシュテットの父がその教派の宣教師だったことを思い出しました。キリスト教には珍しく、土曜日を安息日にしていると聞いたことがあるくらいで詳しくは知らない教派です。ブロムシュテットが菜食主義を貫いているのは、彼自身もその教派の信徒だからという説明を読んだことがありましたが、本当にそれが教義か戒律ならこれも珍しいものです(禁酒、禁煙はピューリタン系に多い)。ともかく、紫野の北西方が鷹峯であり、紅葉もそろそろ見ごろです。

 ブロムシュテットは1975年から1985年までドレスデン・シュターツカペレの首席を務めていました。この間にブルックナーの交響曲は第4、第7の二曲を録音しました。これらはDENONのクレスト1000のシリーズの付物のようになり、何度も再発売されています。その一方でブルックナーの人気(?)が高まった1990年代には、あまり評判が高くなかった覚えがあります。一部ではブロムシュテットの顔まで難癖を付けられていました。そのせいでもありませんが、このCDを買ったのは今世紀に入ってからでした。

 ここ二日、電車の中(CDウォークマン)や自宅でこれを聴きましたが特に第二楽章が鮮烈で感動的でした。ワーグナーの死との関連もある第7番、特に第二楽章は夜の音楽というイメージを持ちがちです。しかしこのCDでは反対に、夜明け直後、早朝の音楽を思わせる清新さです。終楽章、フィナーレも祝祭的な高揚をあまり強調する風でもなく、淡々と終わるのも個人的に好感が持てます。

ブロムシュテット・ドレスデン(1980年)
①21分05②24分31③09分37④12分24 計67分37

ヨッフム・ドレスデン(1976年・EMI)
①21分05②25分54③10分02④12分25 計69分26

131124b CDの解説によると、ブロムシュテットもドレスデン・シュターツカペレ側(オーケストラの信任が厚かったらしい)もブルックナーを全曲録音するつもりだったようです。しかし、ドレスデン・シュターツカペレのブルックナーと言えばヨッフムが既に全集を完成させていたからか、結局二曲だけで終わりました。上記はブルックナー第7番、二種の録音のトラック・タイムです。ハース版とノヴァーク版の違いはあっても合計時間、傾向も似ています。

 ブロムシュテットは昨年だったかN響と第7番を演奏した時は、ノヴァーク版から第二楽章のトライアングル等の打楽器を抜いて演奏していました。録音ではハース版を使って来た理由の一つがその打楽器は不要という考えだったらしく、その点も変わっていません。

 光悦寺、源光庵がある鷹峯へは、北大路駅発で一帯を循環する京都市バス「北1」系統で行けます(というか唯一の直行路線)。北山通の佛教大学の北から「府道西陣杉坂線」を上って源光庵の前あたりで東へ折れ、今度は南下して北山通の紫野泉堂町へ下りて来る路線は教習所へ通ってた頃と変わっていません。その沿道の「釈迦谷口」という停留所前に、今度はエホバの証人の王国会館が建っていました。日曜の昼過ぎに前を通ると何人かが中から出て来ていたので、ここは日曜日に集まっているのかと思いました。

22 9月

ブルックナー交響曲第1番 ブロムシュテット、LGO

130922aブルックナー 交響曲 第1番 ハ短調 (1877年リンツ稿・ノヴァーク版)

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(2011年6月16-17日 ライプツィヒ,ゲヴァントハウス大ホール 録音 Querstand)

 このCDはブロムシュテットとライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団がライヴ録音で完成させたブルックナー交響曲全集の第七弾です(全集と銘打っているが、第00番も第0番も除かれている)。同じオーケストラ、同じ会場というだけでなく全部がライヴ録音されているという環境、条件が統一されたシリーズです。ブロムシュテットは今年86歳になりますが、ブルックナーの第1番を録音したのはこれが初めてです。過去に何度か取り上げたこのシリーズは以下のような録音年月日です。

第1番:2011年6月16-17日
第2番:2012年3月8-11日
第3番:2010年9月23,24日
第4番:2010年10月7,8日
第5番:2010年5月6-7日
第6番:2008年9月25,26日
第7番:2006年11月23-25日
第8番:2005年7月1日
第9番:2011年11月24-26日

 このシリーズはかなり気に入っていますが、今回の第1番は同曲のこれまでの録音以上に清新で、素晴らしいと思いました。今世紀に入って小編成のオケで演奏するブルックナーの録音が出て来ています。今回の第1番はそれに通じる味わいがありそうです。

交響曲第1番 Linzer Fassung
1楽章:Allegro
2楽章:Adagio
3楽章:Scherzo. Schnell-Trio;Langsamer-Scherzo
4楽章:Finale. Bewegt feurig 

130922b つくづくややこしい同曲異稿、異版の問題は交響曲第1番にも付いてまわります。大きく分ければ初期稿であるリンツ稿と、第8番等を作曲後に改訂したウィーン稿が存在します。このCDはリンツ稿ですが、今度は版が問題になってきます。CDのパッケージ裏のデータには“ Linzer Fassung,1866;Edition Leopord Novak,1951 ” と表記されています。しかし、リンツ稿の最初の姿を復元しているのはウィリアム・キャラガン校訂の1998年出版のものであり、1953年に出版されたノヴァーク版は1877年リンツ稿になる( abruckner.com もそのように分類)はずので一応そのように表記しました。キャラガン校訂による正真正銘の初期稿は、ティントナーやシモーネ・ヤング、ゲルト・ジャラーらの録音があるだけです(増える傾向にあるようであるが)。

ブロムシュテット(2012年)
①13分16②13分12③8分48④13分35 計48分51

ボッシュ・アーヘンSO(2010年)
①12分48②11分56③7分54④13分25 計46分03
ヨッフム・ベルリンPO(1965年)
①12分32②12分30③8分55④13分12 計47分09

 80歳を超えるブロムシュテットのブルックナーは、あまり重厚さが前面に出ず、軽くはないものの快走するような、あるいは舞うよう感覚が魅力的です。今さらですが1980年代のドレスデンや1990年代のサンフランシスコSOとの録音も全集に至っていれば面白いと思います。

6 3月

ブルックナー交響曲第4番 ブロムシュテット、サンフランシスコSO

ブルックナー  交響曲 第4番 変ホ長調 (1878/80年・第2稿ハース版)

ヘルベルト=ブロムシュテット 指揮
サンフランシスコ交響楽団

(1993年5月31,6月1日 サンフランシスコ,デイヴィス・ホール 録音 DECCA)

130306a  今夜、なんとなく新譜CDの広告を見ているとジョン・バットのヨハネ受難曲が目に付きました。演奏団体名を見ると「 ダニーデン 」・コンソートと書いてありました。ここでかつて同じくバットのロ短調ミサ曲を記事投稿したことを思い出し、アンサンブルを間違って覚えていたことに今頃気が付きました。乱視のけがあるからか、思いこみか「ダンディ」と覚え、そのように書いていたので今更ながら訂正しておきました。カタカナの名前は昔からこんなパターンが時々ありました。定期テストではドビュッシーを「ドビッシュー」と書き、聖書朗読か何かの折では「バプテスマ」を「バプテマス」と読んでいました。いずれも思いこみで、自分では間違いに気が付きませんでした。他にも漫画家の「 萩尾望都 」を、ながらくフルネームではなく姓だけだと思っていました。

 このブルックナーの交響曲第4番は、ヘルベルト・ブロムシュテットがサンフランシスコ時代(1985-1995年)に残した数少ない録音の一つです。今年一月の第6番に続いてサンフランシスコSOとのブルックナー、第二弾でしたが、結局同オーケストラとのブルックナーの交響曲の録音はこれが最後になってしまいました。ブロムシュテットはこれ以前のドレスデン時代(1975-1985年)と後のライプチヒ時代(録音の大半は退任後のライヴ録音)にもこの曲を録音しています。

 交響曲第4番・第二稿は同曲の異稿というより、初期稿からすれば接ぎ木されて別の曲になったくらいの差があり、なかなか全曲を通して聴いて感銘を受けるという程の経験はありませんでした。それを考慮しても、このCDは前回の6番程の凝縮感は無く散漫な印象です。同じ会場で演奏しているはずなのに、音自体もちょっと違っている気がしました。しかし、下記のようにゆっくり目(三種類の合計演奏時間は大きくは違わないが)のテンポで、慎重に音符を確認しながら進むような独特の雰囲気です。

 ブロムシュテットのブルックナー第4番の録音は下記のような演奏時間で、最新のライプチヒ・ゲヴァントハウス管とのライヴだけがノーヴァーク版を用い、他の二種はハース版です。版の違いはあっても全集を完成させたライプチヒ盤は全般的に、晩年にテンポが落ちて重厚になるという老巨匠の法則に反して、壮年期のような活力にあふれた演奏になっています。第4番も演奏時間からその傾向が見られます。ただ、この曲の場合は今回のサンフランシスコ盤だけがちょっと違うようでもあります。

1981年・ドレスデン
①18分23②16分30③10分51④21分06 計66分50
1993年・サンフランシスコ
①18分56②15分58③10分32④21分43 計67分09

2010年・ライプチヒ(ノヴァーク版)
①18分59②15分04③11分11④21分03 計66分17

130306b_2   CDだけでなく他に 映像ソフトの音源が二種類あり、ブロムシュテットはこの曲を得意としているということです。ドレスデン盤もライプチヒ盤もまだ聴いていないので、ブロムシュテットのこの曲に対する演奏の全貌は分かりませんが、他の曲に対するのとは違うかも知れないと思えます。ところで、ブロムシュテットは厳格な菜食主義者として知られ、かつおぶしの出汁もNGだそうで、今時珍しいと感心します。ブルックナーもそうかと言えば、ベジタリアンだったという話は無く、草食系でもありません。食物の規則はイスラム教やユダヤ教が現代でも厳格らしく、日本でもインドネシアから医療、福祉の分野で就労する人が増やす傾向なので、今後は無関心ではいられなくなります。

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30 1月

ブロムシュテット、サンフランシスコSO ブルックナー第6番

ブルックナー 交響曲 第6番 イ長調 (ノヴァーク版)


ヘルベルト=ブロムシュテット 指揮

サンフランシスコ交響楽団
 

(1990年10月 サンフランシスコ,デイヴィス・ホール 録音 DECCA)


 このところスポーツ、教育現場と「体罰」、暴力の問題がクローズアップされています。自分自身の小学生の頃なら、例えば運動会の練習なんかでは児童二、三人の足を刈るように蹴ってなぎ倒すという光景は日常茶飯事だったので、一掃するのは無理ではないかと思います。しかし同時に、人間一人の命は地球より重いと言うほどなので、そこまで追い込むものは何であれ、許すまじだと思います。
 

 このCDは最近ライプチヒ・ゲヴァントハウス管とライヴ録音によるブルックナー交響曲全集を完成させたブロムシュテットが、サンフランシスコ交響楽団の音楽監督時代に録音したものです。このオケとのブルックナーは他に交響曲第4番があります。また、マーラーの交響曲第2番「復活」、ヒンデミットのオペラ画家マティスからの交響曲等がありました(意外に少ない)。
 

130130  オーケストラと指揮者の組み合わせ、オーケストラと曲目の取り合わせの相性というものに時々言及されることがあります。これは聴く側よりも、演奏者側の方にとって神経質な問題なのだろうと思います。このCDの解説には前者について、ブロムシュテットとサンフランシスコ交響楽団との相性が抜群であると長文で説明しています。ブロムシュテットは1986年にサンフランシスコSOの音楽監督に就任しました。その前は東ドイツのドレスデン・シュータツカペレの首席指揮者を約十年務め、ベートーベンやシューベルトの交響曲全集、ブルックナーの交響曲第4、7番といった録音を残しています。このようにドイツの名門オケ、独墺系のレパートリーというイメージから、ブロムシュテットとサンフランシスコSOは当時ミスマッチと映りかねなかったので、それを払拭しようというライナー・ノーツの意図だったのかもしれませんが、この一枚を聴くだけでもその解説文の通りだと感心させられます。
 

 カップリングされている一曲目のワーグナーの「ジークフリート牧歌」がまず素晴らしく、絹のハンカチのような滑らかさと繊細さに圧倒されます(ブルックナーよりもこちらの方がより素晴らしいかもしれない)。実際、このCDが国内盤新譜として出た時はレコ芸(1993年8月号・担当は小石忠男、樋口隆一の両氏)の月評で特選を得ています。
 

サンフランシスコ(1990年)
①16分36②18分49③8分15④14分04 計57分44

ライプチヒ(2008年)
①17分06②17分16③8分51④15分23 計58分36


 旧録音となった今回のサンフランシスコ盤と近年のライプチヒ盤のトラック・タイムを比べると、第二楽章だけが1分半程長いのが特徴です。それはアダージョ楽章の美しさが際立つこの録音の特徴を示すもので、新譜時の月評にもあるようにアメリカのオーケストラというイメージ(というより先入観か)からは遠い優美さです。1990年代の日本なら、ブルックナーと言えばヴァント、朝比奈に注目が集まっていて、他にアイヒホルンやティントナーといったブルックナーのスペシャリスト的な人が登場したので、それ以外の現役指揮者のブルックナーは影が薄くなる傾向が見られました。


 今これを改めて聴くと、ブロムシュテットとサンフランシスコのコンビでもう少しブルックナーを録音していてくれればと思えてきます。それだけでなく、90年代にもN響に客演していたはずなので、その公演を生で聴いてみたかったと思います。


 昭和50年代前半、冬季に全校で「乾布まさつ」をやっていたことを思い出します。一通りタオルでこすった後、グランドを一周走って終わるのがメニューでしたが、小学四年生までは男女一緒に、屋外でそれをやっていました(少なくとも一年間は)。現代の感覚からすれば、四年にもなれば男女は別々だろうと思え、当時でさえもそれを苦痛に思った女児がいても不思議ではありません。でも、みんなが一緒にやっていることに異を唱えるのは勇気がいることなので、我慢していたかもしれません。何が「暴力」になるかは結構繊細な問題のはずです。

15 12月

ブルックナー交響曲第9番 ブロムシュテット、LGO・2011年

ブルックナー 交響曲 第9番 ハ短調 WAB.109 (1894年原典稿 コールス校訂版)

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(2011年11月24-26日 ライプツィヒ,ゲヴァントハウス 録音  Querstand)

121215b   ヘルベルト・ブロムシュテットは、1927年7月生まれのスェーデン系アメリカ人なので、今年85歳になりました。今秋の来日公演では京都コンサートホールも日程に入っていましたが、残念ながら行けませんでした(ベートーベン・プログラム)。85歳と言えばクレンペラーなら1970年に当たり、その当時のクレンペラーの録音、健康状態を思えばブロムシュテットは矍鑠(かくしゃく)とした、どころか若々しさ(さすがに言い過ぎか)さえ漂う指揮姿です。菜食主義が影響しているのかどうか分かりませんが、シャキっとした姿勢に見えます。

 このCDはブロムシュテットが、ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と2005年から始めたブルックナー・チクルスの第九弾で、交響曲第9番としては再録音にあたります。旧録音は1995年に、ブロムシュテットが同オーケストラの音楽監督に就任する前のものでした。下記は新旧録音のトラックタイムを列記したものですが、第3楽章が約2分短くなている他はあまり差が出ていません。今回の再録音はライヴ録音なので第三楽章には拍手が含まれるので、その分を差し引いています。下記のように使っている楽譜の版が違うことも関係あるかもしれません。

2011年
①24分37②10分24③23分30 計59分31

1995年
①24分43②10分07③25分28 計60分13

121215a_2  同曲異稿・異版が多いブルックナーの交響曲にあって、第9番は補筆完成された第4楽章が付く場合は別にして、通常1894年のオリジナルバージョン(原典稿)が使われています。旧録音は原典のノヴァーク版で演奏していましたが、このCDは同じく原典稿(ここで稿と書くのが本当に正しいのか分からないけど)ながら、ウィーンで発見された筆写譜も参照したというベンヤミン=グンナー・コールス校訂版(2000年出版)を使っています。従前のノヴァーク版やオーレル版に較べて30ほどの細かな修正があるそうです(アーノンクール、ボルトンもこれを使用しているらしい)。

 このCDは日本語解説にも言及されているように、コンサート・ホールの客席に居るような自然な音響で、ブロムシュテットの指揮とも相まって「混濁したところが無い(解説には一切なく、澄んだ水底に光る石のよう、とまで書かれてある)」素晴らしいブルックナーになっています。特に第三楽章が美しく、ホルン等金管が素晴らしいと思いました。この曲がブルックナーの最後の交響曲だったこと、何とか完成させたかったことが伝わってきます。と言っても惜別だとか、人間的な感情というよりも高い山の山頂辺りで陽の光や風、雲の移り変わりを感じるような、不思議な清涼さを感じさせます。

 DGなどユニバーサル・クラシックスのアーティストのモノクロ写真を使ったカレンダーを毎年CD店で配布しています。先日、2013年のカレンダーをいただき、さっそくどのアーティストが起用されたかみてみました。フィッシャー・ディースカウ、バーンスタイン、アルゲリッチ、チョン・ミュンフン、庄司紗矢香、バレンボイム、ポリーニ、ユンディ・リ、五嶋龍、グスターボ・ドゥダメル、アリス=紗良=オット、カラヤン、という顔ぶれで、去年よりも若返っていました。ドゥタメルもとうとうカレンダーに登場する程になったか、という前にスカラ座デビューもしていたはずなので当然といったところです。それと同時に自分より年少のアーティストが増えているのには複雑な気分です。

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7 10月

ブルックナー交響曲第2番・初期稿 ブロムシュテット・LGO

121007 ブルックナー 交響曲 第2番 ハ短調 WAB.102 (1872年稿・2005年キャラガン校訂版)


ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


(2012年3月8-11日 ライプツィヒ,ゲヴァントハウス ライヴ録音 Querstand)


 そろそろ秋祭りのシーズンで神社の近くには祭りののぼりが立っています。通勤途中に通る国道24号沿いに「御香宮」というそこそこ大きい神社があって、先週から境内で夜は露店が出ていました。父方の郷里は岡山の美作地方で、久世という町の秋祭りは多数の山車が出て人口規模以上に盛大に行われます。一度も行ったことはないものの、ビデオを送ってもらって観たことがあります。また、祭りには鯖寿司がつきもので、かつてNHK教育TVのふるさとの伝承か何かで取り上げられたことがありました。


 ヘルベルト・ブロムシュテットとライプチヒ・ゲヴァントハウス管によるライヴ録音のブルックナー交響曲シリーズが完結しました(目下のところ0番と00番は除外されています)。2006年録音の第7番から始まったこのシリーズは同オケの定期公演の機会に収録され、ブロムシュテットの年齢を考えれば全集化は無理かもしれないと危ぶまれました。その第7番は記事投稿していませんが、かなり素晴らしく思えて、しばしば見かけたブロムシュテットのブルックナーに対する評によってすり込まれた先入観を払しょくしました。過去
第5番第6番第8番 を投稿していましたが、全般的に速目のテンポながら、軽いという印象を受けず、荘厳さで迫ってきます。第2番も同様の傾向ですが、ひときわ速さが目立ちます。


ブロムシュテット(2012年)
①18分14②09分58③14分25④18分25 計61分02


 
上記青字はこのCDブロムシュテット盤のトラックタイムです。また下記一覧はブルックナーの交響曲第2番で初期稿・1872年稿を使っているCDのトラックタイムです。ティントナー、アイヒホルンの2種は、2005年キャラガン校訂版が出版される前なので内容が異なるかもしれません。また、アイホルンは作曲当時の1872年稿からデソフの試演と助言を経て変更された初演時の1873年稿も録音していたので併記しました(1872年より短くなっているはず)。


 よく見るとブロムシュテットが各楽章とも最も短くて、過去の第2番初期稿のCDの中で最短の演奏時間です。特に第4楽章コーダのアッチェレランドというか急加速はやり過ぎ?とも思いました。それでも演奏終了後の拍手は盛大で、好評さがうかがえます。


ジャラー(2011年)
①20分51②10分58③17分56④20分36 計70分21
ボッシュ(2010年)
①17分45②10分00③17分44④20分52 計66分21
ヤング(2006年)
①20分40②10分47③19分32④20分23 計71分22
ティントナー(1996年)
①20分50②10分53③18分00④21分19 計71分02
アイヒホルン(1991年)
①19分40②10分59③15分42④20分55 計67分16
アイヒホルン・1873年稿(1991年)
①19分33②15分50③06分43④19分23 計61分29


 CDに添付された日本語のコメントは、前半が長大で後半が短いというこの曲の特徴(初期稿・1872年稿ならそれほど顕著ではない)を意識して、休符を際立たせるような演出効果を狙わず、これまでの録音同様にきびきびしたテンポで演奏したことを知的な姿勢として肯定しています(生真面目過ぎると感じる人もあるかもしれいないとしながら)。また、豪快なフィナーレを個性的としながらも、第1番を連想させるもので、ブルックナーの交響曲=オルガンの響きという固定観念を払拭するとしています。


 ブロムシュテットは85歳になることを思えば、そんな老人くささ、枯れたという雰囲気を全然感じさせないのは厳格な菜食主義のせいでもないでしょうが、すこぶる健康なことは確かなようです。

19 3月

ブルックナー交響曲第9番 ブロムシュテット ライプチヒG管

ブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調(1894年原典・ノヴァーク版)

ヘルベルト=ブロムシュテット 指揮
ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(1995年1月 ライプチヒ,ゲヴァントハウス 録音 DECCA)

 昨夜、NHK・FMのシンフォニー・コンサートで、先月京都コンサートホールで収録された京都市交響楽団の第554回定期公演(井上道義、オール・ストラヴィンスキー)の3曲を放送していました。eo光のサービスでTVと一緒にFMも光経由で雑音無しに聴け、久々にDATテープに録音しました。その定期は聴きに行ったので、放送の音が会場とどれくらい印象が違うだろうかと思って聴いていました。途中晩飯に立ったので全部はまだ聴いていませんが、どうも会場で聴いた音の印象より弱々しく、特にヴァイオリン協奏曲が貧弱に聴こえました。もっともスピーカーも貧弱なので仕方ありません。マイクの設置など録音の仕方如何でCD化された時の印象は違うものだと、改めて実感しました。

20120319  ブロムシュテットは1998年から2005年まで、マズアの後、ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席をつとめていました。現在このオケとライヴでブルックナー・チクルスが進行中なので、第9番はどういう扱いにするのか(再録音か?)と思います。これはその就任より少し前に録音されたCDで、ブロムシュテットはまだ前任地、サン・フランシスコ交響楽団の音楽監督でした。そのサン・フランシスコSOともブルックナーの交響曲第4、第6を同じくDECCAに録音していました。さらに前任地のドレスデンでは、第4、第7を録音(DENONで今も再発売されている)していたので、ブロムシュテットにとってブルックナーは主要なレパートリーと言えます。

 このCDはあるいは物足りなさを感じるかもしれませんが、純音楽的で、オーケストラの奏でる音が、大聖堂の壮麗な響き、大自然をおもわせる壮大さ等ブルックナー以外の事柄と結び付くのを避けようとするかのような謙抑さで貫かれています。それでもどこかロマン派的な香りがするのはゲヴァントハウス管ならではの魅力か、ブロムシュテットの個性なのか、とにかく機械的な印象を受けない美しさも備えています。特に第3楽章の最後は消えるような格別の美しさです。下記は各楽章の演奏時間、トラック・タイムで、先日取り上げたヴァントの2種(ケルン放送SO、シュトゥットガルト放送SO)のCDより少しだけ長くなっています。

①24分43,②10分07,③25分28 計60分13

 ヴァントも「混じり気のない純粋な」ブルックナー演奏を信条としたので、ブロムシュテットと通じるところがありそうです。ただ、ブロムシュテットは厳格な菜食主義者(父がセブンスデイ・アドヴェンティストというプロテスタント教派の宣教師らしい。この教派はキリスト教には珍しい、日曜ではなく土曜を安息日とする派である)であることからも、ある種の抹香臭さをまとう人なので、実はヴァントと違うブルックナー演奏の理想を掲げているのかもしれません。

 ところで、1990年代のブロムシュテットによるブルックナーのCDが国内・新譜で出た時は、唯一サンフランシスコ交響楽団との第6番(1990年録音)だけが、レコ芸で特選(1993年8月号:小石忠男、樋口隆一 両氏)を得ています。というからには、この第9番のCDは特選にもれていたわけで、聴くほどに素晴らしいので意外です。ちなみにDENONから継続反復して出ている80年代のドレスデン・シュターツカペレとの第4、第7は新譜の時から特選を獲得しています。

 ブロムシュテットはバンベルク交響楽団を率いて今秋来日する予定で、京都コンサートホールでは、ブルックナーではなくオール・ベートーベンのプログラムのようなのでどうしようかと思っています。

21 12月

ブルックナー・交響曲第5番 ブロムシュテット ライプチヒ管

ブルックナー 交響曲 第5番 変ロ長調 WAB.105(1878年ノヴァーク版)

ヘルベルト=ブロムシュテット 指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

 
(2010年5月6-7日 ライヴ録音 Querstand)

 ブルックナーもシューベルトと同じくオーストリアで生まれ育った作曲家で、いろいろなところで指摘されているのを読むにつけ、交響曲だけでなくミサ曲やモテット等でも通じるところがあると、今頃になって実感しています。シューベルト=歌曲集「冬の旅」、ブルックナー=巨大な交響曲という固定観念で両人とも終生独身だったことくらいしか共通はないように思っていました。シューベルトの作品は人間の感情、人格を強く感じさせるものだと思いますが、ブルックナーの交響曲はそういう要素が前面に出て来ないように感じられ、異質なものだと思っていました。しかしヴィントハークのミサ曲等初期の作品を聴くと、そう単純なものではないと思えてきます。そういえば二人とも学校を卒業してすぐの頃は教員の仕事をしていました。

111221a  ブロムシュテットとライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によるブルックナーのライヴ録音シリーズ(Querstand)も既に第5~8番、第3番と五曲が出ています。同じレーベルへ1995年に第9番、1998年に第3番を録音していたようですが全く見過ごしています。この第5番に続いて2010年の9月に第3番・第1稿を録音しているので、このペースなら今シーズンにも2、3曲はライヴで収録しているかもしれず、上手く行けばブロムシュテット初のブルックナー全集が完結するかもしれません。全集にならなくても、せめてあと第2番だけは何とか録音してくれることを祈念します。そう思うのは、このシリーズは個性的でなかなか素晴らしい演奏だからで、中でも第5番が一番存在感がある(曖昧な言い方)演奏だと思えました。CD付属の解説には、老いてますます厳格な、「規律が戒律と言いかえられる程シビアな」、音楽をきかせると評されています。実際に聴いているとその言葉が実感させられました。

①19分51,②17分13,③12分57,④23分44 計73分45

 上記はこのCDの演奏時間で、過去に記事投稿したブルックナー第5番のCDと比べると速めの部類に入ります。ヴァントの他の録音も73~75分に入り後の演奏程遅い傾向になっています。80歳を超えたブロムシュテットのブルックナーは、老巨匠的荘厳というイメージとはちょっと違い活発で、明晰な響きです。かつ決して軽いとか、雑でせわしないという演奏でもありません。特に第4楽章でその美点が際立ち、上品な美しさを保って高揚して終わります。ありそうでなかなか無いコーダの演奏です。

ヨッフム・RACO(1964年)
①20分54,②18分55,③12分41,④23分04 計75分34
ヴァント・ケルン放送SO(1974年)
①20分10,②15分49,③14分13,④24分08 計74分20
ヘレヴェッヘ・シャンゼリゼO(2008年)
①20分12,②18分08,③12分27,④22分27 計73分14
アルブレヒト・チェコPO(1995年)
①18分50,②17分35,③13分42,④22分46 計72分55

111221b  ブルックナーの交響曲第5番について音楽学者でもあるベンジャミン・ザンダー(解説講話CD付で有名)は、シューベルトの音楽に近いことを指摘して演奏に際しては「歌謡性」を反映させるためには遅いテンポ(従来普及していた演奏のような)ではダメで、活発で推進力のあるテンポが必要だと述べています。ザンダー自身の録音の演奏時間は下記のようにかなり短くなっています。ブロムシュテットもそれに比べれば遅い方ですが、世代からすればここ10年くらいの中堅層の指揮者の演奏の方に近くなっていて、ザンダーの指摘をある程度充たしています。

ザンダー・PO(2008年)
①18分58,②16分00,③12分36,④21分01 計67分35

 ちなみにブルックナーの交響曲第5番は、ブロムシュテットがドレスデン・シュターツカペレとの初来日の時(1978年)にも取り上げた作品で、この録音直前のN響客演でも演奏しています。今まで録音が無かったのが不思議なくらいの自信を持ったレパートリーのようです。

 10年以上前に一カ月ほど入院したことがあり、胆石のオペなので当初は1週間で終わると言われていました。ところが、大腸カメラと胃カメラでポリープが見つかりそれも焼き切り、血液検査の数値が異常とかで、なかなかゴーサインが出ずに結局4週間以上もかかりました。その頃バッハの受難曲がどうしても聴きたくなって、JEUJIYA三条店まで抜け出して買いに行きました。そういうこともあろうかとCDウォークマンは持参していたので病室で繰り返し聴いていました。買ったのはエリック・エリクソン指揮の合唱団とドロットニングホルム・バロックアンサンブルというコーラスは現代、オケはピリオドという組合せのCDでした。そういう状況でブルックナーをどうしても聴きたいという発作的渇望はおとずれませんでしたが、それは無意識のうちに何らかの孤独を感じていて、人間の存在を強く感じさせる音楽を求めてバッハの方に信号がいったのでしょう。そう言えばポリープを焼き切った後の大BENは不気味な色でした。

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13 12月

ブロムシュテット ライプチヒ・ゲヴァントハウス管 ブル8

ブルックナー 交響曲 第8番 ハ短調ハース版

ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(2005年7月1日 ライプツィヒ、ゲヴァントハウス大ホール ライヴ録音 Querstand )

第1楽章:Allegro moderato
第2楽章:Scherzo:Allegro moderato
第3楽章:Adagio:Feierlich langsam
第4楽章:Finale:Feierlich, nicht schnell

①15分54、②14分50、③29分39、④22分32 計:82分55

 ベジタリアンでも有名なヘルベルト=ブロムシュテットのブルックナーは、ドレスデン時代の4番、7番やサンフランシスコ時代の6番、4番がかつて出ていたものの、必ずしも決定盤、大人気という程ではなかったはずで、日本国内ならヴァント-朝比奈旋風の陰で目立っていませんでした。これはライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とのライブ録音のシリーズ第1弾で、10月紹介の第6番は第3弾で同様のシリーズです。録音していたのも知りませんでしたが、かなり好評だったようです。HMVのレビューを見てみるとこれより前に同じライプチヒ・ゲヴァントハウス管と第9番(95年・DECCA)、第3番(98年・QuerstandのBOXセット)も録音していて、どうも私筆者の認識不足だったようです。

  解説文に日本語訳も付加されていて、「ストイシズムに徹したブロムシュテットのブルックナー」と銘打たれ、「過去評価されていたブルックナー演奏にみられる、巨大と言い換えられただけの愚鈍、豪快と誤魔化されていただけの粗雑。崇高と美化されていた曖昧さ。そんなものは一切ここにはない」と表現されていました。野太さやスケールの大きさという刷り込まれたイメージを全て拭い去る革新的視点で透徹されたブルックナーとも要約されていて、それが従来からのブロムシュテットのブルックナー演奏の方針なら、90年代頃の人気の程度はやむを得ないところだと思います。

                  101213

 何度か聴いていると、4楽章の終わり付近でもこういう音が鳴っていたかと、聴き逃していたかもしれない部分に耳がとまり、新鮮に聴けました。ただ、ヴァイオリンを両翼に配した対向配置である他は少人数のオーケストラで演奏しているとか特別なスタイルではないようです。というのは最近、日本の山形交響楽団(60人強)とかザルツブルク・モーツァルテウム管がそういうスタイルで録音しています。近年進められているブルックナーチクルスにはそういう小編成気味の非壮大系とでも言える演奏が増えていて興味深いと思います。

 先週金曜午後から風邪の兆候が見られ、その夜にかかりつけの医院へ行き、薬を処方してもらいました。それでも土、日は咳と喉、微熱等で、寝ていました。いつも喉に兆候が出ると早めに医院に行きますが、それでも毎年1回くらいはダウンしています。昨冬は全く休まずに済みましたが、今年の風邪はタチが悪そうです。それにしても若い頃は、医院でもらった薬がてきめんに効いて2日分くらい服用すれば十分という感触だったのが、ここ何年かは3日か4日分くらいでは足りない気がします。

17 10月

ブルックナー第6 ブロムシュテット・ライプチヒライブ録音

Nekoban_3  伊武雅刀と猫が出演する「ねこばん」という番組がUHF局で放送されていて、金曜夜は神戸須磨のサンテレビで放映されるのを偶然見つけました。各回完結のドラマで、どうも人間は伊武雅刀だけで後は全部動物プロダクション所属の猫で番組が作られるようです。猫派には嬉しい映像です。ストーリーもなかなか凝っていてさりげなく人間の絆を扱っています。ブログとは直接関係ありませんが、これが放送される日は投稿休止になりそうです。

ブルックナー 交響曲 第6番 イ長調 (ノヴァーク版)

ヘルベルト=ブロムシュテット 指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(2008年9月25,26日 ライプツィヒ、ゲヴァントハウス大ホール 録音 Querstand )

101017a  N響でもおなじみのスウェーデン系アメリカ人のブロムシュテットは、紹介される際にベジタリアンであるとコメントが付加されて、それも宗教上の理由でそうしているというので、キリスト教の多数ある教派の中に菜食主義というのは聞いたことがなく、疑問に思っていました。ピューリタン系なら禁酒、禁煙というところもありますが、大斎とか定まった日、時期ではなく通年で完全菜食主義というのは思いあたりません。そう思ってWikiの記事を読むと、彼の父がアメリカで派生したプロテスタント教派の一つ、セブンスデイ・アドヴェンティスト教会の聖職者と書いてありました。日本にも布教されている教派ですが、名前だけしか知りませんでした。日曜ではなく土曜日を安息日にしているそうです。ブロムシュテットのベジタリアンぶりはかなり徹底しているそうで、Wikiの記述によると鰹ダシも避けています。それはちょっと真似るのは苦しい(するつもりは無いものの)食生活です。肉はともかく、魚やダシもだめでは食べる料理が限られます。ただ、80歳を超えて元気に現役なので、七掛け程度でも真似る価値はあるかもしれません。

                       101017

 ブルックナーの交響曲第6番は、クレンペラーとニュー・フィルハーモニア管弦楽団のLPが1980年代前半で、1枚1800円のシリーズで入手できたので7番と同じくブルックナーの作品の中ではよく聴いていました。そのせいでもあり、ブルックナーの中では特に好きな曲です。第2楽章のアダージョが地味ながら美しく、今回のブロムシテット盤でも聴き所だと思います。この第6番と第2番は個人的に偏愛の曲で、ブログをやりはじめる直前までは、ブルックナーならこの2曲だけで十分だと思う程でした。それより一年程前、父を癌の闘病の末見送った年の秋から冬にかけて、よくブルックナーの第8番を夜遅くに聴いていました。あまり折り合いの良い父ではなく、そもそもいい年なので世の常と割り切って、たいして衝撃は無いはずが、無意識の領域で何らかのストレスがあったのかもしれません。第8番を最初から聴いて、第4楽章が終わるとまた最初から聴きたくなる不思議な感覚でした。大酒呑みが、日本庭園のししおどしのように盃が空けば機械的に注ぎ足して延々と呑むような状態でした。さすがに一度に何度も聴いたりはしませんでしたが、ブルックナーの音楽には正体は分からないものの固有の影響力があると思います。第6番は、第8番のような高揚を促進するような派手さはなく、聴く方から歩み寄る必要がある曲のように思えます。

第1楽章 Maestoso

第2楽章 Adagio : Sehr feierlich

第3楽章 Scherzo : Nicht schnell

第4楽章 Finale : Bewegt,doch nicht zu schnell

①:17分6、②:17分16、③:8分51、④14分33、計:57分46

101017c   これはブロムシュテットがライプチヒ・ゲヴァントハウス管とのコンビで録音を続けているブルックナーシリーズの一つで、現在5~8番まで出ています。演奏時間・トラックタイムは上記の通りで、ヴァント・北ドイツ放送SOとの2種類の録音と比べてややゆっくりです。CDには演奏終了後の盛大な拍手も入っています。フライングの歓声等は無く、わずかに間を置いて拍手と少しブラヴォーの声が混じり、かなり感銘を与えたような反応でした。CD付属の日本語のコメントには以下のような記述があります。「ブロムシュテットは、律儀に弱音は弱音と守っている。それゆえに音量の変化が歴然としたものになる。それではメロディが鋭くなり硬さが際立っているのかというと、そんなことはない。エッジは明確だけれども清楚で温かな響きが聴き手を唯美に誘ってくれる。散見される意図的なトランペットの強奏も実に効果的である。~~」さすが専門家の記事で、聴いた後に読んでもなるほどと肯かされます。

101017b  上記の「エッジは明確だけれども清楚で温かな響き」、という表現は特に納得させられました。しかし、後半の「清楚で温かな」という点は個人的には好感を持ちますが、他の作曲家の作品よりも抜きん出てブルックナーが「特別に大好きだ」というフアン層にはどう受け止められるだろうかと悲観的に予想されます。ドレスデン時代のブルックナー第4、第7は確か否定的な見解が見られていました。それはともかく、このCDで第2楽章を聴いていると本当に澄み切った響きで、ブルックナーならではの世界だと思えます。第4楽章は、本当に自然な流れ、盛り上がりで、力づくな印象は全くありません。収められている聴衆の拍手も納得させられます。経済環境等、旧東ドイツの地区は未だに西ドイツであった地区とは格差が残ると言われる中、ライプチヒ・ゲヴァントハウス管も見事だと思いました。

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昭和40年代生まれ、オットー=クレンペラーの大フアンです。クレンペラーが録音を残したジャンルに加え、教会音楽、歌曲、オペラが好きなレパートリーです。

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