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新・今でもしぶとく聴いてます

P:メジューエワ

13 6月

リスト 巡礼の年第2年「イタリア」他 メジューエワ

180614リスト 巡礼の年 第2年「イタリア」S.161、「イタリア」補遺「ヴェネツィアとナポリ」 S.162

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2017年6月,8月富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林音工)

 気が付けば2018年のサッカー・ワールドカップロシア大会は明日開幕です。それに間に合ってIOデータの55インチディスプレイ(テレビ受信機能無し)の設置とマルチチャンネルのスピーカーや機器の準備がとりあえず出来ました。別に真夜中に放送されるサッカー中継を大音量の5.1chで視聴するつもりは無くて、本命はワーグナー作品などの映像ソフト再生でした。スピーカーからややこしい電子音が何度も出る自動設定を終えて試しにSACDプレーヤーとBDプレーヤーを使ってみると予想と違うこともあり、サラウンド用スピーカーをAVアンプからプリアウトしてプリメインアンプ経由でつないでいるのを止めて切り離した方が良さそうな感じでした。それからOPPOのプレーヤーはアナログ・2chで接続した時の音の方が特徴的で捨てがたいと思いました。どっちにせよ狭い畳の和室という環境なので基本的にそんなに変わらないようです。

Deuxième année: Italie, S.161
①婚礼
 Sposalizio
②物思いに沈む人
  Il penseroso
③サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ
  Canzonetta del Salvator Rosa
④ペトラルカのソネット第47番 
  Sonetto 47 del Petrarca
⑤ペトラルカのソネット第104番 
  Sonetto 104 del Petrarca
⑥ペトラルカのソネット第123番 
  Sonetto 123 del Petrarca
⑦ダンテを読みて:ソナタ風幻想曲 
  Après une Lecture de Dante: Fantasia quasi Sonata

 イリーナ・メジューエワのリスト「巡礼の年」は第3年から作曲時期を遡る形で録音が進み、この第2年他が第二弾にあたります。「第3年」が1883年の出版だったのに対して「第2年イタリア」は1858年に出版され、大半は1839年には完成していたとされています。「
第2年補遺 ヴェネツィアとナポリ」は1859年に現行の形に完成して1861年に出版されたもので、第2曲以外は1840年には初稿と言えるものが出来ていました。

Venezia e Napoli S.162
①ゴンドラの歌 Gondoliera
②カンツォーネ Canzone
③タランテラ Tarantella

 リストが愛人のマリー・ダグー夫人とイタリアへ旅行、滞在した際にふれた芸術に基づいて作曲したもので、晩年の作品であった「第3年」とは違って劇的、動的な、ピアノの交響詩といった作風になっています。それが何故「巡礼」なのか?とも思いますが、観光以上に何らかの意味もあった旅、くらいに解釈しています(これだけの作品が生まれたのだから)。

 メジューエワはこれまでモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトやバッハ、ブラームス、シューマン、ショパン、リスト、ドビュッシーにメトネルといった作曲家の曲をある程度まとまった数で録音してきています(のだめのレッスン予定に入っている作曲家がほぼ含まれる)。何となくリストなら「巡礼の年第3年」のような作品がよく合うと思っていましたが、今回「巡礼の年 第2年」を聴いて今まで以上に素晴らしいと思えて、こういう内容の作品の方がもっとぴったりするかとも思いました。そういえば新書版の著書の中で、シューベルトの作品についてドイツやオーストリアのピアニストの演奏はあっさりし過ぎているというニュアンスの意見があったのが印象的でした。その考えはこういうリストの演奏を聴いてなるほどと納得させられましたが、シューベルト作品も現在弾いたなら過去の録音とは違ったものになっていそうです。
14 8月

リスト「巡礼の年 第3年」 メジューエワ

170814bリスト 巡礼の年 第3年 S.163

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

1.Angélus! Prière aux anges gardiens        
(アンジェラス!守護天使への祈り)
2.Aux cyprès de la Villa d'Este I: Thrénodie
(エステ荘の糸杉にI:哀歌)
3.Aux cyprès de la Villa d'Este Ⅱ: Thrénodie
(エステ荘の糸杉にII:哀歌)
4.Les jeux d'eaux à la Villa d'Este(エステ荘の噴水)
5.Sunt lacrymae rerum/En mode hongrois
(ものみな涙あり/ハンガリーの旋法で)
6.Marche funèbre(葬送行進曲)
7.Sursum corda(心を高めよ)
* カップリング曲:聖ドロテア S.187

(2017年4月8-9日 富山県魚津市,新川文化ホール)

170814a 主のみ使いの告げありければ、マリアは聖霊によりて懐胎したまえり。-天使祝詞1回
 われは主のつかい女なり、おおせのごとく我になれかし。-天使祝詞1回
 しかしてみことばはひととなりたまい、我らの内に住みたまえり。-天使祝詞1回
 天主の聖母われらのために祈りたまえ。キリストの御約束にわれらをかなわしめたまえ。
 主よわれら天使の告げをもって、御子キリストの御托身を知りたれば、願わくはそのご苦難と十字架とによりて、ついにご復活の栄に達するを得んため、われらの心に聖寵を注ぎたまえ。われらの主キリストによりて願いたてまつる。アーメン。

 いきなりの文語文による祈り、これが「お告げの祈り」の古い日本語訳でした。祈祷書の古い本には「一日三回、朝、昼、晩に唱える、せめて昼に一回」と注記してあります。リストの「巡礼の年 第3年」の一曲目のタイトルは、この祈りとその時に鳴らされる鐘を意味しています。一日に三度唱えるというからには日常生活に密着、溶け込んだもののはずですが、現代の位置付けはどうなっているのか、自分自身一度だけしか体験したことがありません。ある時ミサの前に突然これが始まって驚いたことがありました。

 七曲からなるこの曲集は、リストの最晩年に完成された作品でした。巡礼の年の第1年、第2年、第2年補遺がいずれも作曲者が二十代の頃に作曲したのに対してそこから四十年くらいの間を空けて取り組んだのがこれら第3年の楽曲です。メジューエワのリスト・アルバムはこのCDが二作目にあたり、カップリングは「聖ドロテア S.187」です。七つの楽曲がまるでロザリオの祈りの各神秘の中の玄義のようで、曲集全部でリストの私的な黙想、瞑想のための玄義のような、独特な性格の作品のようです。これはむしろ弾いている人間にとって共感するところが大きいのではないかと思われ、聴く側も何らかの同調のような感覚を得られたら感銘深くなるのだろうと思います。とりあえず目下のところ「エステ荘の噴水」が親しみやすく聴きやすいと思っています。

 七曲目の「心を高めよ」あるいは「高くせよ、高く上げよ(英語は lift up your heart となっている)」は、ミサの式文でサンクトゥスの前に来る叙唱の手前の言葉 “ Sursum corda ” のことだと解説にはありますが、現行の日本語の式文にこれに当たるものがあったかどうかすぐには思い当たりません。司祭の「心をこめて神を仰ぎ」に対し、一同が「讃美と感謝をささげましょう」と応える箇所が該当しますが、「高く上げる」という語句とは違っています。そんなわけなので、それより「心を高く上げよ」という日本語名の賛美歌の方がすぐにピンと来ました。プロテスタント教会の多数の教派が使う「賛美歌21」等の歌集に載っていて、或いはカルヴァン派系の教会で特に有名かもしれません。いずれにしても、超絶技巧のスター的なピアニストだった若い頃のリストからは縁遠い作風、世界です。今日8月14日は聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者の記念日でした。
1 7月

ベートーベンのピアノソナタ第31番 メジューエワ

170612ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2009年1,5,6,11,12月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 今年も半分が過ぎ、昨夜賞味期限ぎりぎりの水無月を食べて6月が終わるのを思い出しました。寝る前に食べなくても翌朝でも別にカビがはえたりしないのに、つい賞味期限、もったいない(捨てるのは)を口実にして口にしながら、メジューエワの京都公演からもう三週間も経ったのでそのことも思い出しました。11月には大津でオール・ショパンのプログラムらしいのでチケット発売日をチェックしておこうと思っています。

 京都市役所周辺を歩いていると、今すれ違ったのはメジューエワさん?と思ったことが何度かありましたが自宅が市内中心部らしいので人違いじゃなかったのでしょう。最近は演奏活動に専念(以前は芸大で教えられていた)されているらしく、地元公演での協奏曲も期待します(そういえば協奏曲の録音はあまりなかった)。

 ベートーベンのピアノソナタ第31番も公演当日のプログラムにあった曲であり、CDの方は約8年前に録音されたものです。当日の演奏とCDとで聴いた印象の違いが一番大きいと思ったのがこの曲でした。8年の期間と生で聴くのと録音の差があれば違って当然だとしても、改めてCDの方を聴きながら公演を思い出していると作品観のようなものまで変わりそうです。特に第3楽章の最後、フーガが繰り返されるpoi a poi di nuovo vivente(次第に元気を取り戻しながら)と記入されたあたりから最後までは、公演で聴いた時は直線的に歓喜を高らかに奏でる風ではない独特なものだと思いました。

 最初に第30番から32番までの三曲を聴いた時から第31番が一番取っつき難いと思っていましたがそれは、「苦悩から歓喜へ」という運命とかに似た作風が後期らしくないとか勝手に思っていたからでした。改めてその部分に注目して聴いていると、元来余裕で高く翔け上がるような内容じゃない気がしてきました。
14 6月

ベートーベンのピアノソナタ第32番 メジューエワ

170614ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2008年12月、2009年1,3,4,5月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 先日のイリーナ・メジューエワのリサイタル会場でLPレコードを買ったので、しばらく使っていなかったプレーヤーをアンプとつなぎ、ついでに年末から放置していたTASCAMのレコーダーの梱包を解いて設置しました。最近はLPの復刻も続けて出ていて、ちょっとしたどころかLPのブームになっています。2月にフェスティバルホールへ行った際にはテクニクスのレコードプレーヤーやハイエンドのスピーカーなんかが展示してありました。肝心のメジューエワのLPはまだ聴いていなくて、今回も公演プログラムにあったベートーベンのソナタから第32番のセッション録音です。

ベートーベン ピアノソナタ 第32番 ハ短調 作品111
第1楽章:Maestoso - Allegro con brio ed appassionato
第2楽章 Arietta. Adagio molto, semplice e cantabile

 公演会場で聴くのとそれより10年くらい前のセッション録音のCDとでは比較しようがないとしても、先日の公演の演奏を目隠しして誰が演奏しているか告げられずに聴いたとすれば多分同じメジューエワが弾いているとは分からなかったかもしれないと、特に第32番のCDを聴きなおしていてそう思いました。

 CDの方はどこかシューマンの作風を思い出させるような穏やかさをまとっているようだと思いましたが、公演の方はもっと彫が深く陰影が強調されたようで圧倒されるようにも思いました。演奏後の反応、感想も打たれて圧倒されたのがうかがえる内容が漏れ聞こえました。CDの解説かどこかで彼女は若い頃は暗譜で弾いていたが、やがて楽譜を置いて演奏するように心がけていた、それでも演奏が進むにつれていつも楽譜をめくっているわけではなかったことに気が付いたと省みていました(それでは楽譜を見ながら演奏していることにならないと)。

 作曲者、作品により忠実にという姿勢だと思いますが、この十年くらいの間にその姿勢がさらに徹底されてきているとすれば、今回の公演を聴いて一種の意外さを覚えた自分はこれらの作品にけっこう勝手なイメージを投影してそれを固定させているのだろうと改めて思いました(ベートーベンのソナタ以外でもその傾向はあるはず)。そう思っている内にアンドラーシュ・シフのCDを思い出して、その演奏も古い巨匠の演奏とは違っていて「あれっ」と思ったことがあり、何か通じるものがあるかもしれないと思いました。

 無くて七癖、演奏会場でも人によっては結構目立つ癖があったりするもので、先日はホールの前の方の端の席で終始手を上にかざしたり、何かパントマイムのような動きをする人を見かけました。自分の近くじゃないので別に邪魔になりませんが、最初は芸術家か何かを特集でもしてTVの撮影が入っているのかと思ったくらいでちょっと驚きました(この歳にしてはじめて見た)。ある時はリズに合わせて体を上下にピストンさせているのが目に入り妙に感心しました。
12 6月

ベートーベン ピアノソナタ第30番 メジューエワ

170612ベートーベン ピアノソナタ 第30番 ホ長調 作品109

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2009年1,5,6,11,12月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 昨日は実父の命日が近付いたので前倒しで墓地へ行きました。仏事は前倒しはけっこうでもその日が過ぎてから行うのは良くないらしいときき、ちょっと掃除して献花、線香をそなえるだけなので別に後日でも良いと思いつつ、やっぱり前日にしました。もう九年も経った実感がしないけれど健康診断の検査票の数値(外見もそうだけど自覚は薄い)は着実に老齢化をしめしています。

 先日に引き続いてメジューエワがセッション録音したベートーベンのピアノソナタから、6月9日の京都コンサートホールでの公演プログラムにあった第30番です。九年と言えばこのCDと先日のリサイタルの間と同じくらいの間隔になるわけで、やっぱり相当時間が経ったのを実感します。京響の定期等が行われる大ホールと違い収容人数が510席の小ホールなので座席を見渡し易く、ざっと見たところ頭頂部付近の地肌が露出している人が多いのに気が付きました(いつもより高齢層が目立つ)。これはベートーベンだからなのかメジューエワの熱心なフアン層を反映しているのか、通常のクラシックのコンサートからしても平均年齢が高そうに見えました。

ピアノソナタ第30番ホ長調作品109
第1楽章:Vivace, ma non troppo ホ長調
第2楽章:Prestissimo ホ短調
第3楽章:Andante molto cantabile ed espressivo ホ長調

 ベートーベンの最後の三曲のソナタはちょうど2004~2008年くらいの頃、バックハウスの旧全集をiPodに入れてしばしば聴いていました。当時一番親近を覚えたのが他の二曲程は深刻そうでもない第30番でした。心地良いせせらぎの音のように始まり、これからシューベルトの歌曲が続きそうな冒頭部分が印象的です。パガテルか何かが原型となったらしく、そういえば先日のアンコールがパガテルだったのもそのためかと、帰ってCDの解説等を読んでいて思いました。

 終楽章の後期作品らしい変奏曲でさえ穏やかさをたたえているという印象があったこの作品が、先日のリサイタルではひと際立派で深々と響くように思えて、やっぱり第30番も残りの二曲と同じ時期に連続して作られたものだと実感しました。どうも三つのソナタを続けて聴けたのでそれぞれが引き立って一層感動的だったと、後から振り返ってしみじみ思いました。
 ところでリサイタルの直後、サイン会があって結構長い行列ができていました。並んでいる人もやっぱり年配の層が目立って自分が居た辺りは明らかに後期高齢者に見える夫妻でした。CDかLPを購入した人限定でサイン会に参加できるのでLPを一枚購入しましたが、CDにしようか迷っていたらLPの方がいい音だと助言する声があり、振り向くとこちらもLP世代の紳士でした。
10 6月

ベートーベンのピアノソナタ第27番 メジューエワ

170610ベートーベン ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 作品90

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2007年5,6,9月、2008年2月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 昨日は京都コンサートホール(アンサンブルムラタ)でイリーナ・メジューエワのコンサートがありました。オール・ベートーヴェン、ピアノソナタ第27、30、31、32番というプログラムなので京響4月定期の日にチケットを買っていました。チケットを買った時にこの人はいつ聴いてもムラが無くて素晴らしいから損は無い(本当は誰それの場合は不調の時と好調の時の差が大きいという話だけれどここでは省略)と言ってる人がいて、京都公演の常連も沢山いそうでした。どの曲も素晴らしくて、既にセッション録音されたCDよりも力強く、作品が強烈に印象付けられました。一曲目の第27番がこんな風に強く始まると思っていなく、緩い作品というイメージがあったので驚きました。メジューエワはセッション録音だけでなく、リサイタルのライヴ録音も出しているのであるいは2017年と銘打ってCDが出るかもしれません(2016年はオールショパンなので2017年盤があるなら当日のプログラムと同じ可能性があるか)。

ピアノソナタ第27番 ホ短調 作品90
第1楽章:Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck  ホ短調
第2楽章:Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen  ホ長調

 第27番は1814年に作曲された創作中期の後半の作品であり、楽譜の表記がイタリア語ではなくドイツ語になっています(第1楽章は「速く、そしていつも感情と表情をもって」、第2楽章は「速すぎず、そして十分に歌うように」)。2楽章から成る演奏時間が13~14分くらいの作品なのにどんな旋律だったかすぐには思い出せず、聴けばそういえば何度か聴いていると思う、個人的にはそれくらいの印象度でした。第28番の2年前、第26番「告別」から4年以上経って手掛けたピアノソナタということで、後期の作品群に近づいた作風とも評されています。昨夜のように最後の三つのソナタと併せて聴くとなるほどと思います。

 第1楽章は主和音の打撃で開始する(強い打撃という解説もある)となっていますが、この録音も含めてエロイカとか運命のような打撃ではないと思っていたので昨夜の公演で印象が変わりました。このCDは約12年前、干支が一回りする程前なので色々変わっていて当たり前ながら、ちょっと驚いてアニー・フィッシャーの強烈な打撃を思い出しました。 

 それにしても昨夜は一曲目からどうも拍手がフライング的なのが気になりましたが、最後の第32番はとうとうまだ演奏が終わらない内から拍手する人もあって残念でした(そんなに紛らわしい終わり方か?)。こういうプログラムなら、特に完全に音が消えるまで待ってほしいと思うのはそんなにわがままじゃないと思いますがオーケストラ公演以上にフライング気味でした。そんな調子だったのにアンコールまであり、これも驚きでした。セロ弾きのゴーシュの楽長が「こういう大物の後には何をやってもこっちが気のすむようにいかない」と言ってアンコールをしぶっているので、ピアノソナタの第30-31番の三曲もそれくらいの内容と言えるので、終演後ホールを出てから感心している人の声がきこえてきました。
12 2月

ショパン ピアノソナタ第3番 メジューエワ/2010年

170212aショパン ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58

イリーナ・メジューエワ(ピアノ)

(2010年3,4月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 ショパンのピアノソナタ第3番は、葬送行進曲で有名な前作、第2番の約5年後の1844年に作曲されてド・ペルテュイ伯爵夫人(Emilie de Perthuis)に献呈されました。第2番にくらべて正真正銘のソナタ、といったしっかりした構成の作品です(第2楽章が短いけれど)。のだめカンタービレ・パリ篇の中でものだめの課題曲にリストアップされ、千秋がのだめが取り組む前に予習していたはずです。このピアノソナタを聴いているとショパンはやろうと思えば交響曲を作れたのではと思えてきました。ブルックナーはショパンより干支で一回り以上年下ながら、最初の交響曲を完成させた年齢はショパンが亡くなった39歳と同じくらいでした。それを思うと仮にショパンがもっと長生きしたらあるいはと想像します。

ピアノソナタ 第3番 ロ短調 作品58
第1楽章 Allegro maestoso ロ短調
第2楽章 Scherzo:Molto vivace 変ホ長調
第3楽章 Largo ロ長調
第4楽章 Finale: Presto ma non tanto ロ短調

170212b これは日本を拠点に活動するイリーナ・メジューエワが約7年前に録音したショパンの作品集で、ピアノソナタ第3番の他に作品56の三つのマズルカ、即興曲第3番作品51、幻想曲作品49を収録しています。ベートーベン、シューベルトに続いてモーツァルトやバッハの録音も進行中のメジューエワですが、ショパンは長期的に少しずつ取り組んいるようです(セッション録音だけでなくリサイタルのライヴ録音もある)。それらの内ごく一部しか聴いていませんが、このピアノソナタ第3番は特に気にいっているので、この曲のCDと言えば新しい録音ということもあり、まず最初にこれを取り出します。

 この曲のレコード、CDで最初に購入して聴いたのはサンソン・フランソワのEMI盤でした。その当時はソ連の書記長が亡くなった日にソ連のラジオで葬送行進曲が流されていたとかで、短期に続けて亡くなったので第3楽章に葬送行進曲が付くショパンの第2番が気になっていました。それで最初に聴いた時は突っ走るような第2番の演奏に圧倒されながら、作品としては第3番の方がとっつき易いような気がしました。そんな古い録音とはそもそ比べようがないとしても今回の録音は対照的です。端正で隅々まで行き届きながら優雅で、旋律の魅力が鮮烈に迫ってきます。 

 メジューエワは京都市芸術大学で教えていた(現在はどうか未確認)ので市役所近くで偶然すれ違ったこともありました。意外に地味で大きなホールではどうか分かりませんが、ステージでピンヒールの音をガンガン鳴らせて登場という風ではなく、独特な落ち着いた雰囲気です。 
23 3月

バッハの半音階的幻想曲とフーガ メジューエワ

J.S.バッハ 半音階的幻想曲とフーガ BWV.903


イリーナ・メジューエワ(ピアノ)


(2013年12月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

150323 毎年、年度末前後の今頃になると、もうそろそろ新たにCDを購入することもないとか思ったりします。そう思いながら春を過ぎて夏になり、秋風が吹く時分になるとそこそこの枚数が積み重なっています。今年もそう思った矢先、メジューエワのバッハ・アルバムの新譜が出ると分かってCD店へ立ち寄りました。そういう場合それ一点ではなく、ついでに何点か廉価モノを付け足すのはよくあることです。これを買った時(Tワーレコード)、ネットのアスキーアートが抜け出したような、リュックを背負った男性がクラシック売場で熱心に探していました。本当にそういう格好の人が居るんだと思いながら見ていました。よくみるとかなり年配の方でヲタのAAとはちょっと違う層でした。

 このアルバムは2013年、2014年に録音されたものでイタリア協奏曲 BWV.971、カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」 BWV.992、イタリア風アリアと変奏 BWV.989、半音階的幻想曲とフーガ BWV.903、ゴルトベルク変奏曲 BWV.988が二枚組に収録されています。ゴルトベルク変奏曲は反復を省略せずに全部演奏しているので79分を超えています。それはじっくり聴きつつ、またの機会に取り上げられるかもしれません。

 半音階的幻想曲とフーガ はピアニストのプロフィールなんかにコンクールこれを弾いたとか度々登場する曲で、ベートーベンもこの作品を研究したと伝えられます。この曲に対するイメージは前半の幻想曲と後半のフーガがバラバラというか、派手に弾かれてちょっとむねやけしそうな感じでした。だからわざわざこの曲だけを聴こうとしたり、これを目当てにLPやCDを探したことはありませんでした。今回のアルバムもゴルドベルクが目当てでしたが、一枚目から順番に聴いていると半音階的幻想曲とフーガ の素晴らしさにも感心して、目から(耳から)鱗が落ちる気分でした。

 何がどう違ってそう思えるのか説明できないのが悲しく、とってつけたような書き方に終始するのが残念ですが、メジューエワの他の作曲家の演奏と同じように静かな冷気を伴う静かな響きに強く惹きつけられます。近年はこのアルバムに入っている作品ならチェンバロで演奏する方が良いかなと思い、ピアノで弾くとちょっと騒々しいように思っていましたが、ここではそういう不満は全くありません。とりあえず半音階的幻想曲とフーガ のところで四度反復して再生していました。

15 3月

ベートーベンのピアノソナタ第3番 メジューエワ

ベートーベン ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 作品2の3

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2007年11月、2008年4,6,7月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

 先月は忙しくて体調が悪かったことを言い訳に墓地へ行っていなかったので彼岸に入る前の今日、久しぶりに移転させた先祖代々の墓所へ行ってきました。寒の戻りがゆるんで大木の枝の方から鶯の鳴き声が聞こえてきました。周りの家の梅は満開になっていて絵に描いたような春の兆しです。それと確定申告の期限が明日なのでやっと提出書類を準備できましたが、持参する手間があるので来年からはイー・タックスにしようと思います。そんな春の気配のため、しばらく続けてきたブルックナーは一旦中断して、ベートーベンの初期のピアノ・ソナタです。

 このCDはイリーナ・メジューワのベートーベンのピアノ・ソナタ全曲録音の第二弾で、ソナタの第3、19、8、5、20、9、21番とアレグレットWoO53がCD二枚組に収録されています。日本を拠点に活動する彼女は32歳になったらベートーベンの32曲のピアノソナタに挑戦したいと考えていたそうで、
実際にその年齢で開始したかどうか未確認ながら(仮にそうだったらそろそろ大台)2007年5月から録音を開始し、2009年12月に完結させています。

150315 ピアノやエレクトーンを習ったこともないのでピアノ曲は他のジャンル以上にどうこう言う術はありませんが、メジューエワのCDはベートーベンだけでなくショパンやリスト、シューベルト等とても魅力的です。元々彼女のベートーベンを聴いてみようと思ったのはピアノ・ソナタ第22番を新しい録音で聴きたいと思い、ちょうど女流のアニー・フィッシャーのベートーベンが素晴らしかったので何となくメジューエワに関心がいきました。それと短い、変則的な第22番を真剣に演奏しそうだという期待もありました。その期待に違わず、このアルバムの第3番も溌剌としながら端正で素晴らしいと思いました。なお、CDパッケージ写真の作品は恥ずかしながら向きがよく分からないので、アルファベットの文字が読める向きに合わせました。

ピアノソナタ 第3番 ハ長調 Op.2-3
第1楽章 Allegro con brio
第2楽章 Adagio
第3楽章 Schrzo,Allegro
第4楽章 Allegro assai


 ピアノ・ソナタ作品2の3は第一楽章が特に記憶に残り、どのピアノ・ソナタだったのかは忘れても旋律だけは時々頭のなかで流れてきたりします。別段春にまつわる愛称やエピソードはありませんが、前半楽章を聴いていると早春の風のような心地よさを感じます。この曲はピアノ・ソナタ第1番、第2番と共に1795年に出版されてハイドンに献呈され、作曲時期は前年の1794年くらいからとされています。これら作品2の三曲はどれも四楽章構成で、第2番において初めてピアノソ・ナタにスケルツォ楽章が取り入れられました。また、第3番の第一楽章は協奏曲のカデンツァのような部分があるのも特徴です。
14 1月

ベートーベン ピアノ・ソナタ第29番 メジューエワ

150114aベートーベン ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」


イリーナ・メジューエワ:ピアノ


(2008年12月, 2009年1,3,4,5月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

150114b 日本を拠点に活動しているロシア(旧ソ連)生まれのピアニスト、イリーナ・メジューエワは、現在京都市立芸術大学の専任講師も務めていいます。アラ・フォーというか今年あたり大台にのりそうですが、既にベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音しています。それだけでなく、シューベルト、ショパン、リストも録音していて特にショパンのピアノ・ソナタ第3番やリストの作品集は個人的に気に入っています。いつだったか、京都市市役所の北館の前の通を彼女が歩いて来るのとすれ違ったことがありましたが、市立芸大の講師に就任していたのは知りませんでした(何故こんなところを歩いてらしゃる?と思いつつすれ違い、通り過ぎました)。芸大はJR京都駅近くへ移転する予定なので、その頃に在任だったら芸大でも演奏を聴くことが出来るかもしれません。

 メジューエワは京都コンサートホールで何度も公演していますがそれには行ったことがなく、生で聴いたのは楽器店(CD店でもある)のミニコンサートだけでした。その時は小さな会場のリサイタルなのに直前まで練習をしていたのに感心しました。一事が万事なのか、過去記事で取り上げた彼女のベートーベンもそうだったように、どうやら思いっ切り生真面目な人のようです。ただ、演奏自体から受ける印象は優雅さと余裕が感じられて、まじめさがぎこちなく露出する風ではありません。

 そのためハンマークラヴィーアもベートーベンの晩年作品に相応しい落ち着きが感じられ、聴くにつれて洞窟を深々と覗き見るような感動がこみあげてきます。特に第3、4楽章でそうした印象が強くて魅力的でしたが、第1楽章の冒頭なんかも上品でびっくり箱を開けたようにならず素晴らしいと思いました。このCDは二枚組で、一枚目には第7、15、17番が、二枚目にこの第29番と第32番が収録されています。どれも良いなあと思いつつ、第29番が際立っているようだったのでとりあえず今回は第29番にしました。

 ところで昨日載せていたセミヨン・ビシュコフの言葉、「ベートーベンが本質的にフィジカルな面に訴えてくるとしたら、ショスタコーヴィチはメンタルな作曲家です」、についてベートーベンの32曲あるピアノ・ソナタはどう関係してくるだろうかと思います。もっともビシュコフはショスタコーヴィチについて話したのだから特にベートーベンについて細かく解説したわけではありません。ただ、ハンマークラヴィアー・ソナタも突き詰めて演奏されると、大曲、難曲の威容だけではなく、何事かが見えてきそうです。

11 5月

エステ荘の噴水-巡礼の年第三年から メジューエワ

リスト “ Années de pèlerinage  (巡礼の年) ”-第三年から「エステ荘の噴水」

イリナ・メジューエワ:ピアノ

(2011年4,6,9月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

130510  例えば、地下鉄の駅から徒歩10分程の距離にある場所ならわりと近い方だと言えます。自分の居る場所も同じ駅の同程度の圏内なら、そこへ行くのには歩いて行けばいいわけですが、それが互いに駅の反対方向にあったとしたら片道で徒歩20分かかるわけです(あたりまえ)。そうなると、急いでいる時にそこと往復するのに40分かけるのはちょっと無駄な気がします。たまたま先日そういうケースに出くわして、結局自動車で往復しました。どうでもいい話ですが、よく考えると地下鉄で二つ先の駅から徒歩10分程度の場所なら地下鉄を使う場合が多いので、そのケースも歩いている時間の合計は同じになのに今回(先日)のように躊躇していないのは、軽く詐欺にかかっているような状態ではないかと思いました(朝三暮四か)。

 急に脚光を浴びているリストのピアノ独奏作品集「巡礼の年」は、下記のように四つに分けられてかなり長期に渡り作曲されています。一番初めは「旅人のアルバム」という名前で出版され、これを改訂し曲を加えて巡礼の年「第一年 スイス」となりました。だから、巡礼の年の初期に作られた曲は、作曲者の二十代の頃のものです。一方「第三年」はリストが70代頃に作られています。CDの解説でも触れられているように、この曲集全巻でリストの作曲の変遷をたどることができそうです。ちなみに第三年の曲は「色彩を持たない~(村上春樹)」に登場しません。

-巡礼の年-
第一年・スイス:1855年出版
*旅人のアルバム:1842年出版
第二年・イタリア:1858年出版
第二年補遺・ヴェネツィアとナポリ:1861年出版
第三年:1883年出版

 今回の「エステ荘の噴水」は、「巡礼の年」第三年に含まれている曲です。CDはイリナ・メジューエワによる二枚組のリストの作品集です。ピアノ・ソナタの他、色々な作品集から抜粋してリサイタルのような曲目になっています。過去記事のピアノ・ソナタの回にも触れましたが、このCDは最新録音のおかげもあって、ピアノ音が極めつけ美しく、「水」を題材にした「エステ荘の噴水」は特に魅力的でした。

巡礼の年第3年
1.Angélus! Prière aux anges gardiens
(アンジェラス!守護天使への祈り)
2.Aux cyprès de la Villa d'Este I: Thrénodie
(エステ荘の糸杉にI:哀歌)
3.Aux cyprès de la Villa d'Este II: Thrénodie
(エステ荘の糸杉にII:哀歌)
4.Les jeux d'eaux à la Villa d'Este
(エステ荘の噴水)
5.Sunt lacrymae rerum/En mode hongrois
(ものみな涙あり/ハンガリーの旋法で)
6.Marche funèbre
(葬送行進曲)
7.Sursum corda
(心を高めよ)

 第三年はリストの晩年期の作品であり、この時期の曲の魅力についてメジューエワは次のように説明しています。「晩年のリスト作品はなんと不思議な魅力をたたえていることか。不安に満ちているようでいて一種の安らぎがあり、落ち着きがないようで静止している。もはや西洋古典音楽であることを超えています。」まさしくCDの内容がそれを体現しています。

 冒頭の徒歩、徒歩と地下鉄で行くか、車で行くかという話はたまたま、地下鉄サリン事件の関係者を取材した「アンダーグラウンド」の文庫本を読んでいて、作品とは関係なく、乗り合わせた方々も地上を移動していたら難を逃れられたことを思い浮かべていたからです。あの事件について、実行犯の一人が医師で、彼は極刑にならなかったことが当時強烈に印象付けられました。その時は、年をとったら量刑にもっと共感できるだろうかと思っていました。

14 1月

シューベルト 「3つの小品」 メジューエワ CA省略無し

シューベルト 3つの小品(Drei klavierstucks )D.946

イリーナ・メジューエワ:ピアノ

(2011年4,6月 富山県魚津市,新川文化ホール 若林工房 録音 若林工房)

130114  これはメジューエワのシューベルト録音集の第2集で、ピアノ・ソナタ第14番D.784、4つの即興曲D.935、さすらい人幻想曲ハ長調 D.760、サすらい人(リスト編曲)、水車小屋の男と小川(リスト編曲)、連祷(リスト編曲)、「3つのピアノ曲」 D.946 が収録されています。リストがシューベルトの歌曲をピアノ曲に編曲した三曲はロシアでは従来から人気があるので、メモリアル年に因んで録音したものです。メジューエワは以下のように、この「3つの小品 D.946」をCDの時間余白を埋めるためではなく丁寧に演奏、録音しているのが分かります。

Drei klavierstucks D.946
第1曲 Allegro assai 変ホ短調(三部形式)
第2曲 Allegretto 変ホ長調(ロンド形式)
第3曲   Allegro ハ長調(三部形式)

 先日のシューベルト晩年の作品「3つの小品(ピアノ曲)」の第一曲は、シューベルトが当初A B A CA のロンド形式で書いていて、最終的に自ら「 C A 」の部分を削除しようとしました。メジューエワはこのCDの録音に際して、当該部分を「慰めと孤独感に満ちた第二エピソードは、カットするには惜しい」という想いから、削除せずに演奏しました。録音にあたっては、カットしているものが多く、先日の記事にコメントを頂いた方も指摘されていました。

メジューエワ(2011年)
①14分17②12分39③5分22 計32分18

ポリーニ(1985年)
①08分49②11分12③5分12 計25分13

 その結果、上記のような録音時間の差が出ています。ポリーニもカットして録音しています。先日TVドラマ絡みで特に注目していた第2曲は、ポリーニよりもアクセント、変化を付けていて単に「歌」というだけでない濃淡が目立ちます。それだけに全三曲とも晩年のシューベルトらしい世界を堪能できます。メジューエワは2005年にもこの作品を録音していて、さらにその翌年はコンサートのプログラムに入れていました(青山音楽賞受賞)。彼女は「3つのピアノ曲」だけでなくシューベルトの作品に強い共感を持っているらしく、D.935の即興曲は子どもの頃から親しんで「音の中の『静けさ』を探っていた」と回想しています。音の中の静けさというのはシューベルトの作品にぴったりする言葉だと感嘆します。

 人間は程度の差こそあれ、普段から「不平」、「不満」という感情が川面の波のように絶え間なく湧いて来るものだと思います(口に出して言わなかったとしても)。「白い巨塔」の山本学が扮する里見助教授は、この作品も含めてリサイタルで演奏されたシューベルトを聴いて「心が洗われる」と余韻に浸っていました。医長の鵜飼教授が「胃がん疑診」とした患者を、助教授の里見が「膵臓がん疑診」として検査を重ねて、結果的に教授の誤診を証明してしまい、その過程での不愉快な場面等が描写されています。一方で作曲者であるシューベルトは、これを作曲している当時の状況を推測すれば不平、不満の種は尽きないはずです。にもかかわらず、特に「3つのピアノ曲」の第三曲はそんな暗さや悲観とは無縁のような終わり方をします。

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9 6月

リストのピアノ・ソナタロ短調 メジューエワ

リスト ピアノ・ソナタ ロ短調 S178

イリーナ・メジューエワ(ピアノ)

(2011年4月,6月,9月 富山県魚津市,新川文化ホール 録音 若林工房)

120609  これは 昨年の大震災後にいつも通りに日本国内で録音されたアルバムです。曲目は下記の通りで2枚組で、メジューエワ初のリスト・アルバムです。昨年12月に京都市のJEUJIYA三条本店で、このアルバム発売を記念したインストア・ライヴがあり、聴きに行きました。その時本人の話で、従来はリストの作品はあまり関心が無かったけれどソナタだけはいつか弾いてみたいと言われました。CDも当日に買って、夜帰宅する時に車中でまず聴きました。若林工房からは、ベートーベン、ショパン、シューベルト、シューマンを録音していました。それらの何種か聴いていますが、音質が良いのも魅力です。

CD1
愛の夢 第3番
メフィスト・ワルツ第1番(『村の居酒屋での踊り』)、コンソレーション第1番~第3番、ラ・カンパネッラ、ピアノ小品 変イ長調 S.192-2、夢の中で(ノクターン) S.207、ピアノ小品 嬰ヘ長調 S.192-4、エステ荘の噴水(『巡礼の年』第3年より)、カンツォーネとタランテラ(『巡礼の年』第2年補遺『ヴェネツィアとナポリ』より)

CD2
ピアノ・ソナタ ロ短調
子守歌 S.198、瞑想 S.204、忘れられたロマンス S.527、トッカータ S.197a、悲しみのゴンドラ第2番 S.200-2、ピアノ小品 嬰ヘ長調 S.192-3、P.N.夫人の回転木馬 S.214a
暗い雲 S.199

 リストのピアノ・ソナタロ短調は、実のところこのCDを聴くまでたいして感心が無く、CDは持っていても1度聴いたくらいで忘れていたものもありました。それが、車の中で最初に聴いた時から急に関心がわき、惹きつけられました。それ以後、先日のホロヴィッツも含めて何度か違う演奏家のCDを聴きながら、やっぱりメジューエワの演奏の鮮烈さが一番分かりやすいように思えました。しかし、結局今になって何故この曲に惹かれるのか、この曲が表現しようとしている内容は何かとか、分からないままですが、メジューエワの演奏で聴いているとベートーベンのピアノ・ソナタからずっと繋がっている世界のように思えました。

 CDで聴くメジューエワのピアノは録音状態の影響もあって、非常に美しくそれだけでも魅力です。リストのピアノ・ソナタは冒頭から強目、大きめの音(他のCDと比べても)が印象的で、最初から一貫して克明な響きです。ライヴのお話では、リストの後期作品に関心があるようだったので、今後のアルバムも楽しみです。

 先日、昼食後に京都市役所の近くをダラダラと引きずるように歩いていると、向こうから外国人の女性が歩いて来るのが見えました。やがてすれ違いましたが、どうも見たことがある顔だと思い、ま近になった時ピアニストのイリーナ・メジューエワに似ている、あるいは本人じゃないかと気が付きました。まさか確かめるわけにもいかず(人違いならきもいオッサンだと思われる)、そのままにしましたが、年かっこうから髪型までピッタリでした。というわけで、あまり理解していないリストのピアノソナタのCDをとりあえず記事投稿しました。

4 12月

メジューエワ IN JEUGIA三条本店(インストア・ライヴ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110 

イリーナ=メジューエワ:ピアノ

(2004年6月,12月 富山県魚津市新川文化ホール 録音 若林工房 )

111204_3    昨日は普段より遅れて、外環状線から四ノ宮四塚線、山科経由で事務所のある中京区に向かいました。JRの山科駅が近くなった辺りで「義士祭」ののぼりが見え、ああ12月だと実感させられました。市街地へ向かう車には新潟や徳島等他府県のナンバーも見られたものの案外混んでいませんでした。12月3日土曜日は、午後12時30分から京都市中京区のJEUJIYA三条本店で、ピアニストのイリーナ・メジューエワさんのミニコンサートが行われました(無料)。そのことを思い出してちょうど間に合うので聴いてきました。会場はわりと小さいな子供から、わりと大きなおっさんや年配の方まで幅広い年齢が集まり、会場の集中力はたいしたものでした。無料ながら整理券配布時に一旦来店する程なので、定期公演・法人会員のチケットで来た人も多い大きな会場よりも整然とした客席だったかもしれません。メジューエワさんは多忙なスケジュールの合間をぬい、約1時間の演奏とサイン会までこなして、すぐ公演予定地の新潟へ向かいました。この企画は6月にも行われたそうで、駆け出しでもないのに小さな会場でもこういう演奏をしてくださるとは有難いことです。

111204a  プログラムはメジューエワさんの最新アルバムのリスト・録音集発売を記念して、リストの作品と、ベートーベンのピアノ・ソナタ第9番が演奏曲目でした。中でもエステ荘の噴水が聴けたのが嬉しく、演奏も特に良かったです。1997年から日本を拠点に活動しているだけあって、演奏の合間のスピーチも日本語でこなしていました。リストはどこか遠い存在に思えて(これまでのレパートリーからはそうだろうと推測できる)あまり集中的に演奏して来なかったけれど、ロ短調のピアノ・ソナタだけはいつか弾きたいと思っていたそうです。あらたに手がけたというリストも、CDが出ているシューマンやベートーベン、メトネル(これは聴いたことがない)、ショパンらに負けず劣らず素晴らしい演奏でした。演奏の合間に進行役の方(JEUJIYA三条本店の方)がリストにまつわる話を少しずつされて、それも興味深いものでした( リストは晩年のベートベンに演奏を聴いてもらって褒められたことがるとか、ウィーンでベートーベンの直系の弟子の講義をきいていたとか、この日のプログラムと同じくベートーベンとの接点があったという話 )。

111204b  会場のメインだったリストのCDにすればよいところながら、これまでリストはLPやCDであまり聴いてこなかったので、ベートーベンのCDにしました。冒頭のベートーベンのピアノ・ソナタ第31番についてですが、これは演奏終了後にサイン会があり、購入済のCDを持参したり、当日CDを買った人はそれにサインをしていただけるので、どうせならと当日終演後に購入したCDの中の曲です。このCD、実はメイン(演奏時間の上から)はシューマンの交響的練習曲で、それを目当てに買ったのですが、ベートーベンの方も良かったのでピックアップしました。ピアノ・ソナタ第31番はメジューエワさんが特に気に入っている曲で3度録音していて、これは2度目にあたります(既に3度録音しているのは珍しい例か)。

 CDの解説に「 メジューエワの演奏は、闇から光に向かう薄明のところが実に美しい (亀田正俊氏) 」と説明されていて、これはなるほどと合点がいきました。というのは、彼女の3度目の録音の方をこれまで聴いていて、単純に「苦悩(闇)から歓喜(光)へ」という表現ではないようでもどこか惹かれていましたが、どこに魅力を感じているかよく分からないような曖昧な感覚でした。この曲は3楽章から成り、それぞれ素晴らしいのですが、このCDでは上記のように特に第3楽章が独特です。

 ピアノ・ソナタ第31番の第3楽章は、①レチタティーヴォ風のアダージョ、②「嘆きの歌」と表記されるアリオーソ・ドレンテ、③第1フーガ、④再び「嘆きの歌」(2度目は疲れ果てて息絶えるように消える)、⑤鐘の音のように和音が10回鳴らされる、⑥第2フーガ、という形態の音楽です。最後のフーガは「眩しい光の中で昂揚のうちに曲が結ばれる」と解説されている通り、苦悩から歓喜を純化させたような音楽です。

 解説文の中で「薄明のところが実に美しい」と評されているのは、嘆きの歌からフーガに転じるところ、特にフーガの主題が登場するあたりのことだろうと思いますが、本当にその説明のように極めつけ美しい演奏です。

 ベートーベンのピアノ・ソナタの最後の三曲は、父が入退院を繰り返して秒読みの状態になる前頃、電車の中でi-podに入れて聴いていました。その時はバックハウスのモノラル録音でしたが、どうも第31番だけは取っつき難い気がしていたのが思い出されます。終演後にCDにサインをしてもらいましたが、中には色紙持参の熱心なフアンも居ました。

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12 11月

シューマンのピアノソナタ第2番 イリナ・メジューエワ

111112a シューマン ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 作品22

ピアノ:イリーナ=メジューエワ

(2010年6月、11月、12月 録音 若林工房)

ピアノソナタ第2番ト短調作品22
第1楽章So rasch wie möglich
        ト短調・4分の2拍子。ソナタ形式
第2楽章Andantino
        ハ長調・8分の6拍子・三部形式
第3楽章Sehr rasch und markiert
        ト短調・4分の3拍子・簡潔なスケルツォ楽章
第4楽章Rondo:Presto
        ト短調・4分の2拍子・ロンド形式

 これは先日投稿の「子供の情景」と同じ2枚組CD(2枚目)に入っています。ロベルト=シューマン(1810-1856年)は当初ピアニストを目指して練習を重ねていたこともあり、初期の作品はピアノ曲が大半です。ピアノ・ソナタ第2番は、シューマンが手の怪我か腫瘍のためピアニストの道をあきらめて、作曲家、評論家として生きて行くことにした直後から手がけられた曲です。長期間をかけて完成され1、839年に出版されました。CD付属の解説によるとこの曲は、「アッパーショナータ」と呼ばれる程情熱的でかつ、構成的にしっかりした造形(シューマンの作品としては)で、音楽理論にも最新の注意が払われているということです。

 その「アッパーショナータ」、情熱という点について、シューマンの他の作品を思い起こせばちょっと意外で珍しいのではないかと思えます。シューマンは1840年にピアニストのクララ=ヴィークと結婚しますが、そうなるまで順風満帆ではなくクララの父に強く反対されたので、前年の1939(この曲が出版された年)には結婚を認めるよう訴訟を起こしています。時期的にみて、ピアノソナタ第2番を作曲している期間は、結婚できるまでクララへの想いが深まり、強くなっていった頃と重なるはずです。

111112b  この曲は「のだめカンタービレ」の中で、ヒロインののだめがコンクール(マラドーナ国際)の本選で弾く3曲の中に入っていました。その直前には、千秋が飛行機恐怖症を克服して、海外へ行くめどを付けたので、それを追ってのだめも海外へ行きたいと思い、本気でコンクールに挑戦することになったというストーリーです。結果は発熱のため3曲目の準備が間に合わず落選ということになりました。ただ、そういう「ひた向きな情熱、挫折」のお話と、シューマンのピアノソナタ第2番の曲想や作曲当時のシューマンの状況を考えればよくマッチすると思え、よく練られた選曲だと後からしみじみ思いました。京響の10月の定期公演に行った時、帰りの京都コンサートホール内のエレベーターの中で、コンマスが千秋君に似ていると言う人(楽器ケースを抱えていた)が居て内心「ちあきって誰ね?」と思い、やがて「ああ、のだめの話か」と気が付きやっぱり浸透しているなあと思いました。

 メジューエワによるこの曲を聴いていると、緻密で情感が溢れる演奏で大変魅力的でした。CD付属の解説には「このアルバムから聴こえてくるのは、まぎれもなく生の歌であり、歌声である」と評されて(國重游氏)あり、その音色は高いソプラノというよりは、広々としたアルトか、ノーブルなバリトンという印象とされています。この曲が出版される頃か、その直前くらいはシューマンが出来上がった楽譜をクララに見せて、彼女が弾いてきかせるという場面もあっただろうと想像できます。あるいは手紙と共に譜面が届いて、クララが一人でそれを弾いたかもしれません。その場合は和歌をやりとりした日本の昔のようですが、この曲も演奏もそういう秘めた姿よりももっと能動的です。女性ピアニストが弾いているとそんなことを思わされます。シューマンのピアノソナタ第2番のCDは少ないので、この新しい録音は貴重です。

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25 7月

ベートーベンのピアノソナタ第28番 メジューエワ

110725 ベートーベン ピアノ・ソナタ 第28番イ長調 作品101

イリーナ=メジューエワ:ピアノ

(2009年 富山県魚津市、新川文化ホール 録音若林工房  )

 昨日の京響の定期と同じ日に、同じく京都コンサートホールのムラタ・ホールでイリーナ・メジューエワのリサイタルもありました。こちらは午後3時開演で、シューマン、ショパン、メトネルがプログラムに入っていました。ちょうど数日前に、帰宅の車の中でメジューエワのアルバムを聴いていて、特にベートベンのピアノ・ソナタ第28番が印象に残ってこの曲にちょっと関心が向いていた時でした。

 作品101のピアノソナタ第28番は1816年に作曲され、弟子の一人で優れたピアニストだったドロテア・エルトマン男爵夫人に献呈されています。弦楽四重奏曲のセリオーソ、交響曲第8番を作曲した後、ベートーベンの後期に入る少し前の過渡期的な時期の作品です。

1楽章:Etwas lebhaft und mit der innigsten Empfindung
2楽章:Lebhaft. Marschmäßig
3楽章:Langsam und sehnsuchtsvoll ‐Geschwinde, doch nicht zu sehr und mit Entschlossenheit

  上のようにドイツ語の指示が付されています。第1楽章は、「幾分速く、そして非常に深い感情をもって」、第2楽章は「生き生きした行進曲風に」、第3楽章序奏部が「ゆっくりと、そして憧れに満ちて 速く」、以後が「しかし速すぎないように、そして断固として」という意味です。このCDでも第3楽章は2つにトラックが分けられています。

 その第3楽章が既に後期作品群の世界に踏み入れているような音楽です。女流ピアニストに献呈された作品だからというわけでもなく、これまではベートーベンのピアノソナタと言えば特にアニー=フィッシャーの女流とは思えない力強い演奏が気に入っていました。後期作品では特に第31、32番が魅力的でした。同じ女流でも年齢がまだ若い部類(歯切れの悪い言い回し、まだ40には達していないはず)のメジューエワはだいぶ印象が違います。演奏と関係がありませんが、DENONから出たいた過去のCDの頃と比べるとさすがに、ふ、否、時間が経ったと感じます。

 彼女はロシア生まれで、1992年のE.フリプセ国際コンクール(ロッテルダム)での優勝以後本格的に活動を始めています。1997年から日本を拠点に活動して、リサイタル、録音とも多くこなしています。先月の18日だったか、ある土曜日の午後にJEUJIYA三条店(京都市中京区)でミニコンサートがありました。その他京都・青山音楽記念館(バロックザール)でも公演を行っていて、この10月も行われる予定です。

 メジューエワのベートーベンについて「磨きあげられたピアニズム」と、CD付属の解説には評されています。この点でもフィッシャーとは違うタイプの演奏で、敢えて言えばより女性奏者らしいピアノだと思います。こういう演奏は、古いベートーベン弾きからすれば場違いな要素となるかもしれませんが、最近の演奏からすれば普通じゃないか思えます。アンドラーシュ=シフの全曲録音でも、時間が止まった先入観で待ちかまえて聴いてみると、あれっ?という違和感を覚えましたが、聴き進む程にシフの演奏にひたれるようになりました。こんなことを言っている程なのでピアノという楽器にも疎く、小学校のピアニカから既に挫折していました。それはともかく、メジューエワはベートーベンに熱心に取り組んでいて、(そこそこ)若いのにピアノソナタ第31番は3度録音している程です。ちなみにこのシリーズはレコ芸の特選が付与されているそうです。

 ベートベンはこの作品の完成前頃から第九交響曲の作曲始めて、その後作曲を進めて行き1824年に完成、初演しています。ピアノソナタ第28番はちょうど第9が萌芽する頃生まれた曲ということになり、興味深いものがあります。

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raimund

昭和40年代生まれ、オットー=クレンペラーの大フアンです。クレンペラーが録音を残したジャンルに加え、教会音楽、歌曲、オペラが好きなレパートリーです。

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