J.S.バッハ 管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068
オットー・クレンペラー 指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
(1969年9-11月 録音 EMI)
クレンペラーはEMIへ二度バッハの管弦楽組曲・全四曲を録音しています。初回は1954年11月にモノラルでフィルハーモニア管弦楽団と、そして二度目がニュー・フィルハーモニア管弦楽団とのステレオ録音です。今回はその再録音盤の方で、クレンペラー最晩年の演奏です。また、放送用音源の中にもバッハの管弦楽組曲が何種類か含まれています。話題になったものに1964年5月31日にベルリンPOへ客演した時の録音がTESTAMENTから出ています(バッハの管弦楽組曲第3番、モーツアルトの交響曲第29番、ベートーベン交響曲第6番というプログラム、田園のリハーサル付)。
1927年9月27日にベルリン・クロル劇場で行われたクレンペラー指揮、ヤナーチェックのシンフォニエッタ・ドイツ初演のコンサートは、プログラム一曲目がバッハの管弦楽組曲第3番でした。昨夜の投稿の通りシンフォニエッタは作曲者の好評と、聴衆の歓呼を獲得しましたが、同時にバッハの方も注目を集めました。「 クレンペラーは当時既に少々陳腐化していた有名な『G線上のアリア』を、時流に反して感傷を交えずに解釈し、それが聴衆にとって衝撃的と言っていいほど 」でした(「 『オットー・クレンペラー』 あるユダヤ系ドイツ人の音楽家人生 E.ヴァイスヴァイラー著 明石政紀訳・みすず書房 」)。
その時のコンサート・マスターであったマックス・シュトループは三十五年後に次のように回想しています。「 オリジナル譜検討してタイで弾くところを取り決めたあと、奏法の焦点となったのはアリアでした。この曲を取ってつけたようなヴィヴラートでなしで弾くことになり、お決まりのスラーもやめて、もっと内面の震えで演奏するようにしたんです。クレンペラーが大きな指揮の身振りをせず、精神の集中のために恐ろしく汗だくになっていた姿は忘れがたいものがありましたね。」(上記同様、「『オットー・クレンペラー』 あるユダヤ系ドイツ人の音楽家人生 」による)
そういう演奏は、ヒンデミットら新古典主義の作品を多く取り上げたベルリン国立歌劇場・クロル劇場の、あるいはクレンペラーの信条的で、当時のベルリン楽壇の思潮の一つと言えるかもしれません。しかし、ワイマール時代のベルリンの聴衆には衝撃的だったとしても、ピリオド楽器が当たり前になった現代ではそうでもないのでしょう。
管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068
①序曲
②アリア(G線上のアリア)
③ガヴォット
④ブーレー
⑤ジーグ
この曲の古楽器アンサンブルの録音、クイケンとラ・プティットバンドの旧録音の演奏時間を下記に挙げました。今回のクレンペラー・ニューPO盤よりも5分以上速い演奏時間です。クイケンの旧録音は今となっては特別に刺激的というものではないと思いますが、クレンペラーの録音と比べると軽快この上ない演奏です。仮にこういうのが作品本来の姿ですよと言われると、やはりクレンペラー盤には一種の古さも漂います。
クイケン旧・1981
①06分37②4分36③4分48④1分07⑤2分49 計19分57
クレンペラーの新旧二種のセッション録音の演奏時間、トラックタイムは下記の通りです。予想通り1969年の方が初回の1954年よりも3分程遅くなっています。それでも不思議に鈍重という印象は無く、またクイケン、ラ・プティットバンドの演奏と比べても全く別の作品とまでの違和感はありません。特に第1曲目、序曲が圧倒的な存在感です。ちなみに1954年の録音はもっと即物的で白熱した演奏かと予想するとそうでもなく、基本的には1969年盤と同じ感触です。第2曲目、G線上のアリアは旧録音の方が多少引き締まっていて、そちらの方が良いと思います。
1969年・ニューPO
①10分24②6分30③4分17④1分38⑤3分31 計26分20
1954年・PO
①09分28②6分06③3分31④1分20⑤2分53 計23分18
また、クレンペラーの放送用音源等のライヴ録音、ベルリンPOと北ドイツ放送SOの演奏は以下の通りの演奏時間です。他にもバイエルンRSOとの録音もあるようですが手元に無く、不詳です。クレンペラーは、管弦楽組曲の中でも特に第3番に愛着を持っているようです。
1964年・BPO
①09分17②6分28③3分32④1分22⑤3分34 計24分13
1955年・NDRSO
①09分03②6分16③3分27④1分16⑤2分45 計22分47
こうしてクレンペラーによるバッハの管弦楽組曲第3番の録音を振り返ると、今回のCDが最後の録音にして、一番ゆっくりしたテンポの演奏です。この録音からは、1927年のクロル劇場に響いたこの曲の演奏とどれくらい共通するものがあるのだろかと思います。