オットー=クレンペラー 指揮
フィルハーモニア管弦楽団
(1956年7月19,21-24日 録音 EMI)
これはクレンペラーによるモーツアルトの交響曲第25番、二度目のセッション録音です。一度目は1950年に「パリ・プロムジカ」という団体を指揮してVOXレコード(逸話で有名な)へ録音していて、その後EMI・フィルハーモニア管と契約して一連のレコード録音がスタートします。この録音はその初期のものです。クレンペラーが1954年以降にフィルハーモニア管弦楽とセッションしたモーツアルトの交響曲の内、第29番、第38~41番は1960年代に再録音していますが、この第25番はこれっきりで録音しませんでした。ライヴ録音(放送用等)では、1950年に西ベルリンのベルリン放送SOを、1951年にはアムステルダム・コンセルトヘボウOをそれぞれ指揮しています。結局録音として残っているモーツアルトの交響曲第25番は今回の音源が最新ということになります。
交響曲第25番ト短調K.183
第1楽章:Allegro con brio ト短調
第2楽章:Andante 変ホ長調
第3楽章:Menuetto ト短調-Trio ト長調
第4楽章:Allegro ト短調
実は個人的にクレンペラーの演奏の中でモーツアルトが一番好きで、オペラであれ、交響曲であれ、どれもかなり愛着があります。交響曲第25番は同曲の中でも筆頭くらいの位置を占めていて、10代の頃は友人が家に来た時はこれが入っているLPをかけて、またわざわざこれを持って家に行ってかけたこともありました。聴いた友人はかなり速いテンポで始まる演奏に驚いたと言っていました(速いだけでなく、品位に問題があるとも)。よく、クレンペラーの演奏は遅いと言われますが、一概にそうとは言えないことの代表がこれでした。
クレンペラーのフィルハーモニア管弦楽団時代より古い演奏は、時にでくの坊と批判されるような即物的を地で行きすぎて、変化に乏しいものだと言われます。EMIへ録音し出した1954年から1958年くらいまでの時期も、悪く言えばその名残があるように思えます。実際国内盤LPの解説にもそういう論調もありました。しかし、クレンペラーのフアンからすれば、意図的にというか、努めてザッハリヒなスタイルに傾倒しているのだと思えて、そこも魅力的です。クレンペラーはモーツアルトの作品に対して「デモーニッシュなもの」があると評して、そこを余人をもって換え得ない魅力と感じているようでした。とすれば、クレンペラーは、モーツアルトの中にあるその超時代的な、デモーニッシュのものを露わに表現することを目的としていると考えられ、少なくともその点は成功しているだろうと思います。手元にある国内盤LPの解説は、吉井亜彦氏が担当していて、概ねそういう内容の事柄を一般的に拡大して賛美しています(クレンペラーのフアンでもちょっと気恥ずかしくなるので原文は載せない)。
下記はこのクレンペラー盤と、世代が近いクリップスの最晩年の録音の演奏時間です。クリップスの録音集の方も20番台の交響曲は特に力が抜けた柔軟な演奏で気に入っています。実際聴いてみると、両端楽章でのクレンペラーは物凄い緊迫感で、演奏時間の違い以上の差を感じさせられ、一気に引き込まれます。ただモーツアルトのこの年代の作品に対する表現として適切なのかはいろいろ意見があったことだと思います。クレンペラー指揮のモーツアルトのもう一つのト短調交響曲である第40番は、これ程突っ走るような演奏ではなく、深く沈潜するように始まるので、25番には特別な理解、思い入れがあるのかもしれません。
クレンペラー・PO(1956年)
①6分38,②3分45,③3分35,④4分58 計18分56
クリップス・ACO(1973年)
①7分51,②3分35,③3分44,④6分01 計21分11
この第25番の録音はかつて、1枚1500円の廉価シリーズ「クレンペラーの芸術」の中に含まれていて、同じくモーツアルトの「アダージョとフーガ」(1956年3月)、交響曲第29番(1965年9月)、歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲(1964年10月)が併せて収録されています。交響曲第25番だけがキングスウェイ・ホールで録音され、後の3曲はアベイロードスタジオを使っています。たまたま交響曲第25番の時にスタジオがふさがっていたのか、この曲の演奏のためにあえてホールを使うことにしたのか定かではありません。演奏・録音会場とテンポの関係について、マタイ受難曲の冒頭合唱についての証言が残っています。クレンペラーは、音響が良いキングスウェイ・ホールでは最も遅くして、乾燥しているアベイ街のEMIスタジオではそれより速くなり、最も乾燥しているロイヤル・フェスティバル・ホールでは最も速く演奏していたそうです。
先日他界したベルグルンドとイギリス室内管弦楽団のシベリウス(*ヨーロッパ室内管弦楽団との間違い、削除しないでとりあえず残して置く)から、テイトと同じオケのモーツアルトのCDを少し聴いている内に今回の音源を思い出しました。訃報を見るのはさびしいものですが、これはどうしようもありません。